5-2 怪獣惑星
先週は体調不良でお休みしました。
今週から再開します。
「カツアゲ……?」
俺はお弁当のチキンカツを箸でつまみながら聞き返した。
知ってる言葉だ。
チキンカツやトンカツとは何も関係がなく、不良が被害者を体育館裏などで取り囲み、恐喝してお金を巻き上げる犯罪行為……だった、と思う。
前世、ヤンキー漫画で読んだような気がする。
一緒にサンルームのガーデンテーブルに向かった瑞希兄さんは、相変わらず座っているだけでキラキラするような笑顔でうなずいた。
実際にサンルームのガラスの天井からは、初夏の日差しが降り注いできて、お洒落な白い柱やテーブルに反射して輝いている。 梅雨が終わって、七月。天気の良い日が続いてる。頭上には爽やかな青空が広がって、サンルームは全体が明るいんだけど――でも瑞樹兄さんの周りは、なんとなく他の人よりもっとまぶしい気がする。
「そう。かおちゃんのその弁当を見て思いだしたよ。学生会に報告が来てるんだ。最近うちの生徒が何人か襲われてるんだ。怖がって警察に届けないから表沙汰にならないけど、どうもうちの生徒が犯人らしくてね」
「修陵院の生徒がですか?」
「そう、少数だけど、一応は不良もいるんだ」
「俺も、校舎裏でたむろしてるのを見かけたことあります。他校からは、お坊ちゃんヤンキーと呼ばれてるそうですね」
相づちを打ったのは四方田くん。
「ふふふ。でもね、中に一人だけ、他校の生徒からも恐れられてる孤高の不良がいるんだよ。そいつが犯人なのかもしれない。ただ脅すだけならともかく、殴ったり蹴ったりもあるっていうから穏やかじゃない。かおちゃん、ひとけのない道は避けたほうがいいよ」
「ありがとうございます、気をつけます」
「……僕でよければ、二十四時間守ってあげたいんだけどなあ」
瑞希兄さんがニッコリする。
「いやいやいやいや……」
曖昧に笑って首を横に振る。
うーん。
なんだろう。
さっきから、嫌な予感がする。
頭の中でなにかがフラッシュバックするような……。
(この感覚は、まさか……)
最近よく味わってる。
前世の記憶がよみがえるときだ。
でも、今は特にスチルがあるような場面じゃない。
もうすっかりおなじみになったサンルームでのランチ。
ということは、今の会話が関係あるのかな?
まさかと思うけど、もしかして……次の花婿候補は、カツアゲしてくる相手とか……?
背筋がすうっと冷たくなった。
えっ……そんなの……今までで一番怖いのでは……!?
(大丈夫、落ち着こう! だってもうすぐ、シナリオ自体が終わるはず……!)
そんなことを考えてると、さえぎるように腕をぎゅっと絡め取られて我に返る。
「大丈夫、薫さんは僕が守るよ!」
「……宮くん……」
俺は右隣に視線を送った。
満面の笑顔がそこにあった。
いつものサンルーム。いつもの円テーブル。
いつものメンツ――に、宮くんが加わっていた。
俺の右腕にぎゅっと抱きついてる。
気のせいかな。空気がピシッと凍り付いたような……。
高等部と中等部の制服は同じなので、全員が同じ白い半袖のシャツにネクタイ、グレイのズボン。ぱっと見は同じなんだけど、それでなくても童顔の宮くんだから、ひとりだけはっきりと中等部の生徒だってわかる。
中等部で高等部に一人でお昼ごはんを食べに来るなんて、すごい勇気だ。
俺なんか中等部のあいだは、高等部の先輩たちってなんとなく怖くて近寄れなかった。別に嫌なことをされるわけじゃないけど、勝手に気が引けてしまうっていうか……。
その点、さすがって言うか、宮くんは全く怖じ気づく様子がない。
「そんな嫌な話より、楽しい話をしようよ! ねえねえ薫さん、今週の日曜日はどこか行くの?」
「あ、日曜日……う~ん、特には決めてないなあ」
「ほんと!? ねえねえ、じゃあさ、じゃあさ、僕の母さんが島とヨットを持ってるんだ! 車ですぐだから、一緒に行こうよ! 土曜日から行って、一泊して……」
「待って」
にこやかに口を挟んだのは瑞希兄さんだ。
「宮くん? ……急に誘っても、かおちゃんも困ってしまうよ。それより、僕の実家のほうがいいね。海より山だよ。高原に牧場を持ってるから、行かないかい? 乗馬を教えてあげるよ。新鮮なチーズも食べさせてあげる」
四方田くんもあわあわと身を乗り出して、
「は、春花、俺はあんまり大きなものは動かせないけど……スイーツ食べ歩きしないか? 春花と一緒に行きたいんだ!」
「ダメダメダメ! 僕とヨットに乗る方が楽しい思い出になるよ!」
「僕は従兄弟だからね。泊まりで出かけるのも自然だよ。花婿になれない諸君はあきらめたらどうだい?」
「花婿になるのは僕です~! 皆の前で断わられたってうかがってますよ!」
「そういう君だって玉砕したからここにいるんじゃないのかい」
「お、お、お、俺だって引く気はありませんから!」
ガーデンテーブル越しに声が飛び交う。
――誰か助けて……。
圧がすごくて口を挟むチャンスがない。
「あの……みなさん、ちょ……」
俺はなだめる隙が見つけられず、てのひらに冷や汗がじわじわとにじむのを感じていた。
左隣の冬志さんに目を向けそうになる。
でもグッとこらえた。
もうすぐ婚約解消するんだから、いつまでも頼ってちゃいけない。
正直言うと。
目の前でケンカしているみんなが、本当に俺を好きなわけがない。
と、俺は思ってる。
だってみんなそれぞれ輝いてる人たちだ。
俺みたいに地味な人間を好きになる理由なんて、あるだろうか。いやない(反語)。
そのへんは、俺も今まで自分なりに考えてきた。
思うに、きっとゲームシナリオの力で暗示をかけられてるって言うか、そういうつもりになっちゃってるんじゃないかな。
シナリオは強い。
一学期のあいだフラグを折ろうとしてきたからこそ身にしみてるけど、多少シナリオと違う行動を取ったくらいじゃ、シナリオは変わらない。柔軟に変化してルート沿いのイベントとつながってしまうんだ。
その結果として今、フラグが折れてるような折れてないような状況になって、お昼の時間がカオスになってるわけなんだけど……。
でも今度こそ!
狩野さんのプランで俺が跡取りじゃなくなれば!
そうなったらシナリオの大前提――俺が婿取りしなきゃいけない――が全部ひっくり返されるんだ。当然みんなシナリオから解放されて、冷静になってくれるんじゃないかな。
きっと夢から覚めたみたいに、「どうしてこんなやつを好きだと思ってたんだろう」って思ってくれるのでは……?
そしたら、このわあわあした言い合いもきっと終わりになる。
お弁当の時間にも来なくなって、俺は一人に戻る……。
(……冬志さんには、俺が自分できちんと伝えないといけないよね……)
心臓がきゅっと締まった。
思わず、ちらっと隣の冬志さんに目をやった。冬志さんは苦虫をかみつぶしたような顔で、お弁当をかたづけたところだった。
あれ? もう食べ終わったのかな?
でも、まだけっこう食べ始めたばっかりのはずだけど……。
立ち上がった冬志さんは、それはそれは冷え切った氷のようなまなざしで、三人をじろりと見下しながら、
「薫。行くぞ」
「えっ?」
「購買部に用事があると言ってたろ」
購買部?
別に……と言いかけてハッとした。
そ、そっか。そうか。
助け船を出してくれてるんだ……。
(だめだなあ、俺、やっぱり助けてもらってる……)
でもやっぱりありがたい。
俺も急いで食べさしの弁当箱にふたをし、包み直した。
「は、はい! そうなんです!」
「早くしろ。昼休みが終わる」
冬志さんは振り向きもしないで歩き出した。
「ええっ、じゃあ僕も行くよ」
「待って待ってー! 薫さん、僕も行くー!」
「春花、ちょ……」
「す、すいません、急ぐので!」
俺は腰を浮かしている三人にぺこりと頭を下げて、冬志さんの後を追った。




