4-7
風が吹いた。
池の水面がさざめき、キラキラと輝く。
宮くんの目も輝いていた。
「僕は、あなたを、好きです」
俺は圧倒されていた。
は、早い。
告白が早い。
今までの花婿候補の中でもいちばんだ。
強い。
宮くん、女の子みたいにかわいいけど、実はものすごくかっこいい性格なのかもしれない。
(図書委員にならなかったのに、どうして……。さっき勉強を教えたことで、ノルマをクリアした認定になってる……!?)
そう言えば、わりとゆるいゲームだって聞いたような記憶がうっすらと……。
えっ、ありなの?
ありなの、あれだけで?
本当に?
「……どうして……」
思わず声に出てしまったらしい。
宮くんは真剣な顔をした。
「薫さんは、僕が会ったなかでいちばん純粋で優しい人だよ」
「え」
「だから、気がついたら好きになってた」
あっ、「どうして」を違う意味に受け取られてしまった……?
聞けば聞くほど断れなくなるやつでは?
俺は遮ろうとしたけど、弱々しい声しか出なかった。
「ま……待って……宮くん……」
「ううん、聞いて。初めて会ったころ、僕、母さんが病気だって言ったよね。憶えてる? あれ、嘘だったんだ」
「そ……そうなの……?」
……さっき思い出したことだけど、改めて聞くとショックだな……。
「僕はね、両親がああだし、僕も子役やモデルなんかしてるから、小さいころからいろんな大人と会ってきたんだ。お金儲けとか、人を利用できるかどうかでしか見ないような大人もいっぱいいた。そんななかにいたからかな、僕は、いつの間にか、目立つところだけちゃんとして、あとは他人に押しつけちゃえば良いって思ってたんだ。誰だってそういう気持はあるはずだって。だから、図書委員にたまたまなっちゃったときは、めんどくさくて……こんな地味な仕事、薫さんにさせればいいやって思ってた。先生の評価が上がりそうなときにだけ顔を出せば良いやって。……それで嘘をついて、仕事を全部薫さんに押しつけようとしたんだ。……ごめんなさい」
「宮くん……」
「僕が薫さんの立場だったら、絶対に仮病だって見抜いたはずだよ。でも薫さんは素直に信じて、心配までしてくれた。僕、びっくりしたんだ。この人どこまで本気なのかなと思って見てたら、薫さんはこつこつ委員の仕事をしてた。見られてるかどうかなんて考えないで。僕、だんだん心配になって……こんなにだまされやすくて、この人、この先大丈夫なのかなって」
「えっ……そんな風に思ってたの……?」
「ごめんね、薫さん。だけど、それで興味が湧いたんだ。どういう人なんだろうって。……だから真面目に委員の仕事するようになって、薫さんといるうちに、守ってあげなきゃって、思うようになってた。……薫さんの素直で純粋なところに、いつのまにか惹かれてたんだ……」
宮くんの瞳は澄んでいて、きれいだった。
ふと、その瞳が涙を帯びて、潤んだ。どきりとする。
「薫さんは……僕のこと、後輩としか思ってないの、知ってるけど……」
「み……宮くん……」
「少しは……気づいてくれてなかった……?」
なかった……。
罪悪感にうつむくと、
「……僕より、あいつが好き?」
「えっ……」
「厳原冬志」
「え、あ……えっ……」
宮くんの大きな瞳は、うるうると俺を見つめている。
胸がぎゅっとした。泣かせたくない……。
四方田くんの告白を断ったときのことが頭に浮かんだ。
あんな悲しそうな顔、させたくなかった。
宮くんにだって絶対させたくない。
だからしっかりとフラグを折っていかなきゃいけないのに、俺と来たら……!
(宮くん、ごめん……!)
俺は思わず目を伏せてしまった。
今こそ、「婚約者がいる」と言うべきなんだろうけど、でもそれは何というか……ずるい気がする。
宮くんに対して、失礼だ。
真っ直ぐな目がかっこよかった。
ちゃんと逃げないで自分の気持ちを伝えようとする宮くんは、いつもの子どもみたいな宮くんとは全然違った。
俺なんかに、宮くんの気持はもったいないと思う。
つらい。
お断りの言葉を言う権利なんて、あるんだろうか。
「……俺は普通の人間だよ。そんなふうに人のこと見られる宮くんのほうが、ずっとずっと、純粋できれいな心を持ってると思う……」
「自覚がないんだよ、薫さんは」
「強いね、宮くんは……」
しっかりしろ、俺……!
「……ありがとう。本当に」
俺はきちんと頭を下げた。顔を上げる。
宮くんの顔はこわばった。きゅっとくちびるを引き締めている。
俺は、考え考え、丁寧に気持ちをなぞっていった。
でも、つらい……。
どうにかして宮くんを傷つけないようにしたいけど……どうすればいいんだろう……。
「……そんなふうにまっすぐに言える宮くんはとてもかっこいいと思う。……でも、俺……」
「待って! 待って、ストップ!」
宮くんが突然、耳をふさいでさえぎった。大粒の涙が目尻ににじんでいる。
「み、宮くん……」
「聞きたくない! 勢いで言っちゃったけど、薫さんが僕に恋愛感情を持ってないことくらい分かってるもん!」
「み、宮くん……」
「チャンスをください! 僕のこと好きになれるかもって思って過ごしてみて! 僕、頑張るから!」
さ、さすが宮くん、すごいこと言うなあ……。
俺はつい、口ごもってしまった。
ほんとなら、きっぱりと、「それも無理」と言わなきゃいけなかった。
でも……。
(いま……宮くんを泣かせないですむ……だったら……)
ふらっとなってしまう……。
まるで俺が迷ったのを見抜いたように(実際、顔に出ちゃったのかも知れない)、宮くんはぱっと笑顔になった。それこそ花が咲いたような。これをしおれさせちゃいけない、と思ってしまうような。
(涙は……?)
疑問は浮かんだけど、モデルの底力を感じる笑顔の圧に、俺は何も言えなくなってしまった。
「この話はここでおしまい! ね、これから僕のこと意識してね、薫さん」
宮くんは俺の手を握って優しく揺らした。
あ……あれ……?
ほっとしたような、やってしまったような気持がこみあげてくる。
そうだ。
宮くんの特技は、嘘泣きだったんだ。
……俺……悪手を打ってしまったのでは……?
愕然としていると、宮くんは、眉をキッと凜々しくつり上げて、水面をにらんだ。
「……それでもやっぱり、僕、厳原さんが許せないよ」
「み、宮くん?」
「……我慢するの? 薫さん。バシッと言ってやりなよ」
「我慢ってわけでは……」
むしろ、冬志さんに我慢してもらってると思うし……。
設楽さんとのデートを見てしまったこと、話すべきなんだろうか。
黙っておくのが礼儀って気もするし……。
だけど、本当に俺と婚約してて邪魔にならないのか、確認したい気もする。
(……どうしよう……)
俺は考え込みつつ(さりげなく宮くんの手をほどきつつ)、
「これからどうしたらいいのか、考えてみるよ。でも我慢とかじゃないんだよ、ほんとに。だから冬志さんに怒らないで、宮くん」
「かばうんだね、薫さん……」
「そ、そういうわけでは……」
「……わかった」
宮くんはうなずいた。
よかった。
ほっとしかけたときだった。
宮くんは、池の向こうへ視線を送りながら、ぼそりとつぶやいた。
「……僕は黙ってないよ」




