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4-5 電車でGO

「春花さんたちのランチ会、華やかですわよね」

「お見かけすると、私たち、わくわくしてしまいますの」


 お弁当をバッグから取り出していると、クラスの女の子たちが話しかけてきた。

 まぶしいような笑顔だ。


「え、ランチ会……? 華やか……?」


 ど、どういう意味かな?

 サンルームでのおひるごはんのこと……?

 華やかって言うより、苦行って感じだけど……。


 面食らって見返すと、近所の机に座っている女の子たちは、夢見るように両手を組み合わせて、


「だって、顔ぶれが豪華ですもの。学生会長に、二年首席に、バスケ部の花形ルーキー、みなさまお顔もお綺麗でらっしゃって」

「そして皆様に囲まれている春花さん……」

「皆様、春花さんをお慕いしてらっしゃるというのは事実ですの?」

「学校中の噂の的ですわ!」


 俺はたじたじなってしまった。

 いつの間にそれほど噂になってたんだろう……。

 

 でも……改めて考えると、そうなんだよなあ。

 瑞樹兄さんと四方田くんは、〈花婿候補〉だし。

 冬志さんは、婚約者だし。

 ある意味では、「そういう集まり」なんだなあ……。


 見てたらわかっちゃうのかな……。

 そんな目で……全校から観察されていた……?

 そうだよね、サンルームって壁がガラスだから、よく見えるし……。


(うわあああ! どうしよう!)


 動揺のあまり、絶望した顔になってしまいそうになったけど、ハッとした。

 だめだだめだ。

 急に暗い表情したら、何の悪意もないのに、クラスメイトを戸惑わせてしまうよね。

 俺は、ぎこちなくなったけど、微笑み返した。


「え、ええと、みなさん俺なんかより立派だから……そんなことないです」

「まあ、なにをおっしゃいますの?」

「あの、あの、もう行きますね!」


 俺は慌ててお弁当を抱えて教室を逃げ出したのだった。






 宮くんと約束してから、水曜日までは長かった。


(冬志さんが好きになるのって、どんな人なんだろう。

 なんとなくだけど、冬志さんは頭のいい人を好きな気がするなあ……自分の考えがあるような……。大人っぽくてしっかりした人で……)


 ――気がつくとそんなことを考えてる。


「かおちゃん、最近具合が悪いみたいだけど、大丈夫?」

「春花、なんだか心ここにあらずだよな」


 クラスメイトから逃げ出したおひるごはんでは、瑞樹兄さんや四方田くんにも心配されてしまう始末……。


 なんとなく落ち込んだ日々が過ぎて、でも今日はやっと水曜日だ。

 いよいよ約束の日だ。





 そして放課後。


「……なぜいちいちびくびくして飛び上がるんだ」

「なっ、なっ、なんでもありません!」


 冬志さんから胡乱な顔をされつつ、家まで送ってもらって玄関先で別れた俺は、速攻で部屋に駆け上がって、鞄を机に置いた。

 電車に乗るから小銭入れと、ハンカチと……。

 制服はこのままでいい。一応、保護者抜きで遠方に外出するときは制服、と校則で決まってるんだ。

 制服のズボンのポケットに入れれば大丈夫そう。


 冬志さんの姿が道の向こうに消えるのを確認して、俺はもう一度駆け下りた。


「お友達と出かけてきます。夕飯までには戻ります」

「あら、お友達って……」


 リビングで刺繍をしていた母さんが驚いたように(無理もないと思う、友達のいない俺は、今までこんなふうに外出したことなんてなかった)、玄関を出た。

 なまじ小心者だから、冬志さんに見つかったら――ってはらはらしたけど、幸い、無事に路面電車に滑り込むことができた。


 前世の東京では、地下鉄とか、道路と分けられたレールを颯爽と走る電車が主だった。

 でも、現世のここ東亰では、道の真ん中をのんびり走る路面電車が生活の足なんだ。


 窓に沿って、左右に長いシート。向かい合わせに伸びている。

 時間は午後三時。

 車内は空いていた。

 席に座って、左右に揺れながら、俺はぼんやりと考え込んでいた。


 ――冬志さんに恋人がいるとして。

 そんなことを知って、俺はどうするんだろう……。





 約束した電停までは三十分ほどだった。


 窓を眺めていると、電車通り沿いに、こんもりと茂った杉の木立があらわれた。

 日差しが長くなり出した午後の青空に、尖った緑の梢を気持ちよさそうに揺らしている。


 北小森公園。

 市内ではいちばんおおきな自然公園だ。中央に池があって、それをとりまくように広場や木立、散歩道が整備されている。

 うちからは遠いから、俺はあまり来たことがないんだけど。


(……本当に来ちゃったな……)


 情けないなあ俺。ここまで来てまだ、迷ってるなんて。


 停留所に降り立つと、待ってくれてた宮くんがぴょんぴょん跳ねるように駆け寄ってきた。

 俺と違って宮くんはかわいいパーカーを羽織っていて、私服に着替えてきたらしい。

 そういえば、ご近所って言ってたっけ。


「薫さん!」


 駆け寄ってきた宮くんにぺこんと頭を下げる。


「宮くん、よろしくね」

「今日は僕にまかせて!」

「ここからどこ行くの?」

「この公園だよ!」


 並んで歩き出しながら、宮くんは公園を指さした。


「家から近いから、よく犬の散歩に来るんだよ」


 道を渡って公園の門をくぐりながら、宮くんは嬉しそうに、


「雰囲気が良いから、デートしてるカップルも多いんだ。僕たち、恋人同士に見えちゃうかな?」

「まさか……」


 宮くんがあどけなくにこにこするから、思わず笑ってしまってから気が付いた。

 これは冗談ではないのでは……?


(そうだ、宮くんは〈花婿候補〉だった……! 気をしっかり持たないと……!)


 気を引き締めながら、宮くんについて歩いて行く。


 公園の中は、修陵院以上に鬱蒼とした木立が広がっていた。

 その間を、砂利を敷いた散歩道が一本、ゆったりとしたカーブを描きながら伸びている。

 頭の上には両側から杉の枝が差し伸べられ、ちょっとしたトンネルみたいだった。


 やがて、水の匂いがしてきたと思うと、ぽかっと広場がひらけた。

 池に面した、広々とした場所だ。


 木立を背景に、大きな三角屋根の白いカフェがある。

 ガラスの折戸は開け放され、きれいなテラスになっていた。

 こぢんまりと気持ちの良いテラスで、柱には手入れのいいつるバラがからみついて咲き誇っていた。白いテーブルクロスのテーブルが並んで、各テーブルの真ん中にはガーベラの一輪挿しが飾られている。

 良家の奥様風の二人連れや、新聞を読む紳士なんかがゆっくりとくつろいでいた。

 宮くんはカフェの入り口へ向かっていく。


「薫さん、いまから何が起きても、大声を出さないでね」

「う……うん……」


 俺は大人しく宮くんについてカフェに入った。


 大人抜きでこんなおしゃれなお店、入ったことがない……。

 き、緊張する……。


 おしゃれな制服の店員さんが迎えてくれた。

 テラス席を勧めてくれたけど、宮くんがあちこち眺めて選んだのは、テラスから離れた奥まった一席だった。手前に大きな観葉植物の鉢があるのを、お店に何のことわりもなくずらして、


「うん、ここなら大丈夫! 薫さん、座って! この鉢の陰にかくれるようにしてね」

「ええと……こう?」


 言われるままに椅子を調整して、ちょこりと腰を下ろした。

 宮くんは満足そうにうなずいて、俺の向かいに座る。それから、店員さんに注文をすませた。

 英語も書いてあるかっこいいメニュー表から、おそるおそる、無難な紅茶を選んでしまった。こういうときに、俺は見たことないものを選べないんだ……。


 さて、ここまで言われたとおりにしたんだけど……。

 何が何だかわからない。

 俺は緊張に耐えられずに小声で尋ねた。


「宮くん……これはどういう……?」

「あっち、見て」


 宮くんは声を潜めて、人差し指を持ち上げた。

 そっとそっちに目を送ってみる。


 薫くんがずらした観葉植物の鉢植えがあって、その向こうがテラス席だ。

 ちょうど正面に、若い女性が一人、本を読んでいるのが見えた。


(なんだろう……)


 なんだかちょっと、見覚えあるような……。

 知ってる人かな。


 宮くんに視線を戻すと、宮くんはもう一回「しーっ」と指で合図して、腕時計を確認し、何かを探すように公園のほうをきょろきょろした。そして、声を潜めて、


「もうちょっとかな……すこし待っててね、薫さん」

「う……うん」

「……あーあ……もっと楽しいことで一緒に来てもらえてたら、もっとよかったんだけど」

「テラスに、なにかあるの……?」

「うん」


 宮くんは、肩に提げてきてたトートバッグを開けて、ノートや筆箱を取りだしながら、


「何もしてないと不自然に思われるかもしれないから、勉強してるふりしながら話そう」

「あ、はい」

「でね、僕、よくこの公園に来るって話したでしょ? そうそう、うち、犬を飼ってるんだ。コリーだよ。僕は散歩担当なんだ。それで、犬を連れて来るんだよ。学校から帰ってきて、夕方くらいにね」

「広いし、緑も多いから、犬も喜びそうだね」

「でしょ? 薫さん、犬は好き? 飼ってる?」

「ううん、飼ってはいないけど、、飼いたいなーとは思ってる」

「じゃあ今度連れてきてあげる! かわいいよ、ララっていうんだ」


 宮くんはパッと笑顔になったけど、俺はうなずきながら「ん?」となった。


 今度?

 って、また来る予定になってる……?


「……ララと来てるとね、ここ一年くらいかな、散歩中に、ある人をよく見かけるようになったんだよ。僕は学校ですれ違ったことがあるだけだったんだけど、有名だったからよく知ってた。もちろん薫さんもよく知ってる人」


 ううーん。

 話の流れで言うと、つまりその「見かけるようになった人」というのが問題なんだろう。

 そして、それは……。


「もしかして……冬志さん?」

「そう」


 意味ありげに宮くんがうなずく。


「来たら教えるから、それまで勉強のふりしてよ! 薫さんは僕の家庭教師をしてくれてるって設定だからね! これなら一、二時間見張ってても自然だから」

「あ、なるほど……?」


 言いかけて、俺は凍り付いた。


 カフェで家庭教師……?


 ゲームのシナリオと一緒……?


 でも、でもでもでも、俺は図書委員になってない。

 ルートに入ってないはずなんじゃ?

 途中からルートに戻るってことがあるんだろうか?

 いや、でも偶然かも知れない。だったら宮くんに嫌な気持を味わわせるような反応はつつしむべきだし……。


「ふふふ、ちょっとわくわくしちゃうね」


 うきうきしている宮くんに、俺はなにも言えずに固まっていた。


 どうしよう……どうすれば……。

 でも……宮くんには他意はないかも知れないし、ここまで来たら冬志さんのことも見届けたいし……どうしよう……!?


 などと思いながら、気がつくと俺は宮くんに勉強を教えていた。

 三十分くらい経ったときだろうか。


「じゃあ、ここのエックスは……」


 質問しかけていた宮くんが言葉を切った。

 テラスの向こうに目を送る。そしてくちびるの前に人差し指を立て、俺にこくんとしてみせた。


「……来た」





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