表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
27/80

4-2 フラグはまだまだ折れてない

 ぱらぱら、傘をたたいていた雨音が、なんとなく途切れた。


 なんとなく話も切れる。

 俺は沈黙を埋めるために――ってわけでもないけど、なんとなくタイミングに押されるみたいにして、水色の傘をたたんだ。

 ゆるいだらだら登りの登校路、あちこちで開いていたカラフルな傘が、おなじようにぽつぽつとたたまれてしぼむ。

 木立ちのどこかでセミが鳴き出すのが聞こえた気がして、目を上げた。

 聞き違いかな?


 道沿いの手入れのいい明るい林は、今朝は水気を含んでしんめりしている。

 うすい朝の光と陰がまだらに落ちて、緑の葉からぽたんとしずくが落ちる音、小鳥のさえずりも聞こえる。

 見上げると、空は白灰色。

 今朝から、はっきりしない曇りが続いて、ときおり思い出したように雨がぱらぱらっと落ちてくる。

 そろそろ梅雨入りかなあ。

 

 冬志さんが隣で黒い傘をたたんだ。


「……で」

「あっ、はい!」


 俺は急いで冬志さんの真面目な横顔に視線を戻した。

 冬志さんは周囲に聞こえないように気を払いながら、


「……その、《花婿候補》は次はいつ出て来そうなんだ」

「あっ、えっと、……はっきりわからないんですけど……」


 ――四方田くんのことがあってから、一週間。

 つまり、冬志さんに《花婿候補》の話をして以来、ってことだ。


 ちょくちょく、冬志さんは疑問点を質問してくる。

 

「……詳細を話せないのはわかったが、あまりにも事情が把握できない」


 冬志さんは眉をひそめる。

 そりゃそうだよね……。


 だって俺は、《花婿候補》のことはしたけど、前世の話はしてない。

 俺がしたのは、


「詳しくは言えないんですけど、この春から俺の誕生日まで、何人かの男性が現れることになってるんです。

その人たちから、俺は順番に結婚を申し込まれます。

俺は、断れる自信がないんです。その人たちを好きになるからとかではなくて、お断りするのが申し訳ない気がするんです。

冬志さんとの縁談をお受けしたのは、先に縁談が決まってれば、誰もプロポーズしないだろうって思ったからなんです」


 ――これじゃ、冬志さんだって事情がわかるわけがない。


 俺はうなだれた。


「……すいません……」

「……薫の性格として、意味もなく事情を伏せるわけがないとは理解している。だが、どうして事前にわかっているのか、どうして女性ではなく男と決まっているのか……悪いと言ってるのではなく、このままでは役目が果たせない」

「役目……」

「おまえが俺と手を組もうと考えたのは、身を守るためだろう。相手がどのように来るかわからなければ、充分に対策を立てられない」


 どこまでも生真面目に冬志さんが言う。

 なんてきちんと考えてくれてるんだろう……。

 また自分が恥ずかしくなってしまう。


 最近わかってきた。


 冬志さんは怒ってるんじゃない。冷たいわけでもない。

 顔が整っているぶん、無表情になったら、それだけで突き放すような冷たい印象になっちゃうんだ。

 真面目な表情したらなおさらだ。


 でも、心の中はすごく優しい。

 今だってこんなに、他人の俺について考えてくれてる。

 友達でも何でもない俺のことなんて、無視してしまったっていいのに。


 子どものころあんなに優しかった冬志さんのこと、変ってしまったと思ってた。

 でも違った。

 冬志さんの中身はなにもかわってないんだ。


(前世のことは話せないけど……)


 俺は肩にかけたバッグを開け、手帳に挟んでおいたメモを取り出した。


「……絶対に、人には見せないでくださいね」


 念を押して渡す。冬志さんはいぶかしげにメモを開き、さっと目を通した。


「……なんだ? これは」

「《花婿候補》について、わかったことだけメモしたんです」


 もう見慣れてしまって、隅がよれかけたメモ用紙には、

 

《花婿候補 五人くらい?

 ・優しい正統派王子様。

 ・一匹狼っぽいけど、実は心優しいツッパリ。

 ・ダンディな教師。

 ・甘えんぼ弟タイプな後輩。

 ・温厚な真面目くん。》


 今では、「正統派王子様」と「温厚な真面目くん」にチェックがついている。

 もちろん瑞希兄さんと四方田くんだ。


(まだ三人も残ってる……)


 考えると気が遠くなりそうだ。


 冬志さんもすぐに気が付いたみたいだった。


「どうしてこんなことがわかっているかはともかくとして……、この内ふたりは心当たりがあるな」

「はい……」

「ふむ……あと三人は」

「わかりません……」


 いつ来るのか、どこから来るのか……。

 検討も付かなくて、正直怖い。


 冬志さんはメモを爪の先でかるく弾くようにして、くちびるを曲げ、俺に切れ長の目を向けた。


「しばらく借りても構わないか」

「あっ、はい!」

「聞けば聞くほど奇妙だが……おまえはこんなウソをついて他人を愚弄するようなやつじゃないからな」


 何気ない口調だった。

 でも、ドキッとした。


 冬志さん、俺をそんなふうに思ってくれてるんだ……。

 嫌われてるのかもしれないけど――でもイヤなやつじゃないって、そう評価してくれてるとしたら……。

 

 耳がぽかぽかしてる。

 顔が赤くなってるかもしれない。

 見られるのが恥ずかしくてうつむいた。 


「……ありがとうございます……」

「何の話だ?」


 小さく眉をひそめるみたいにして俺を一瞥しながら、冬志さんはメモをたたんでポケットにしまった。








 高等部の入り口で曲がる。

 石造りの校舎に近づいていくと、昇降口のガラス窓にいつもと違うものがあるのに気が付いた。


 ポスターだ。

 ヴァイオリンを弾く女性の写真が目立つようにあしらわれ、


《MASAKO SHITARA 帰国コンサート》


 と、大きくある。

 コンサートの日時は半月後。

 場所は、うちの講堂……?


「マサコ・シタラ……」


 どうして講堂でコンサートがあるんだろう……。

 声に出してつぶやくと、冬志さんもポスターに目をとめた。

 さらっと、


「ああ……設楽雅子さんか。修陵院のOGだ。在学中からいくつものコンサートで優勝して有名だった」

「あっ……先輩なんですね」

「ウィーンから戻ってきて、母校でお披露目するらしい」


 だから講堂で……。

 

「冬志さん、お詳しいんですね」


 何気なく冬志さんを見上げたときだ。


「春花!」


 元気な声が背中の方から飛んできた。

 四方田くんだ。

 朝練の走り込みなのか、バスケ部の黒いジャージを着た集団の中から、四方田くんが手を振りながら駆けよってくるところだった。


 今朝も爽やかでかっこいい。


「おはよ、春花!」

「四方田くん、おはよう」

「……厳原先輩もおはようございます」

「……おはよう」

「昇降口、先輩あっちですよね? 春花、一緒に教室行こうぜ」

「え、四方田くん朝練中じゃ……?」

「忘れ物取りに行くとこ!」


 問答無用で腕を引っ張られながらちらっと見上げた冬志さんの眉間には、確実にいつもよりしわが一本増えていた。


(うう……この手……振り払わなきゃなんだろうけど……)


 きっと冬志さんもそう思ってるんだろうな……。

 泣きそうな気持ちで俺は冬志さんに会釈し、昇降口に入っていった。

 

 これが目下の俺のもう一個の悩みだ。


 無理だ。

 四方田くんの告白を断わるのは、俺の小心者な心臓には、すごくこたえた。

 申し訳ない。

 あれ以来、後ろめたくて、俺はもう四方田くんに――瑞希兄さんにも冷たくできないんだ。

 そのせいで、フラグが折れてない。そんな気がする。 

 

 ――というのは今や、四方田くんもサンルームのランチに参加するようになってるんだ。

  

「……何故きみが、ここに?」

 

 初めて四方田くんが俺を追いかけてサンルームにあらわれたとき、そう尋ねた冬志さんの仏頂面は見物だった。

 お弁当を両手に抱えた四方田くんは、かなり緊張してたと思う。


「はい、春花に誘ってもらいました!」

「……昼食に呼んだのか、薫」

「えっ!? あ、ええ、はあ、まあ……」


 俺はあわててうなずく。

 誘ったというか……。確かに、おいでよ、と言った。

 あのときは、四方田くんが花婿候補とは知らなかったから……。


 でもそんなことを言って、四方田くんを嫌な気持ちにさせたくない。

 俺はもごもご言ってうなずいた。


「まあまあ厳原くん、そんな不機嫌な顔をされては食事がまずくなるよ。食事はにぎやかなほうが楽しいよ。ね、かおちゃん」

「は、はい……」


 瑞希兄さんの顔はにこにこしてるけど、さりげなく四方田くんと俺の間に割り込んでいる。

 緊張した表情ながら、四方田くんは、状況を把握しようとするようにサッと俺たちに視線を走らせた。


 ――おかげで今、お昼ご飯はますます胃が痛い。

 にぎやかな食事どころか、味がしない。


(今日もそうなるのかな……)


 ああ。

 フラグ、どうなっちゃうんだ……。




「どした、春花?」

「う、ううん……なんでもない……」


 心配そうにのぞきこむ四方田くんに、俺は弱々しく笑いかえして、そそくさと靴を履き替えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ