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3-11 走れ正直者

 ▶ 腕をはねのける

 ▶ 四方田くんの話を聞く




 申し訳ないけど……「はねのける」一択……!

 

 後ろも見ずに駆けだしたい。

 だって四方田くんの顔を見て、四方田くんに説得されたら――きっぱりと断るなんて、たぶん無理だ。


 恋愛感情があるから、とかじゃない。

 好きになったら、自分でもそう感じるんじゃないだろうか。すごく胸がどきどきするとか、一日中考えてしまうとか、手をつなぎたくなるとか……。

 我ながら四方田くんに対してはそういう「恋愛っぽいなにか」がない。そのへんは確信がある。自分でも不思議なくらいに。


 でも、四方田くんは俺の貴重な友達だ。

 あの明るくて爽やかな笑顔を、俺のせいで曇らせてしまうなんて、そんなの想像するだけでつらい。


 そういうことが頭の中をぐるぐる回ってはいる――んだけど。

 思考とは裏腹に、身体のほうは一ミリも動かない。


 俺は、四方田くんの思い詰めたような表情を前に、ひたすら呆然としていた。

 いつもと全然違う。四方田くんの圧がすごい。

 まるで、少年漫画に出てくる「気」とか「オーラ」みたいな、目に見えないなにかが四方田くんの全身から出てるみたいだ。圧倒されて動けない。

 でも幸い、四方田くんも緊張のせいか凍り付いている。


「お、俺っ……俺さっ……」


 真っ赤な顔で何か言いかけては、噛んでいっそう慌ててどもる四方田くん。

 話が進まないのでちょっと助かってるけど。 


 フラグ……フラグを折らなくちゃいけないのに……!

 

(狩野さあーん! 持ちこたえておけ、って……いつまでですか……!?)


 窓の外では雨音がいっそう激しくなり、暗い廊下に響いている。

 きっと、この暗さじゃ俺が真っ青なこともわからないだろうし、そもそも四方田くん自身に、そんなこと見分ける余裕はなさそうだ。


 どのくらいそうしていたか、薄闇の向こうで、どこかの窓がガタンと鳴った。


(狩野さん……!?)


 風だったのか、薄闇の奥には狩野さんの子どもらしいシルエットは見当たらない。

 その音で四方田くんも急に覚悟が固まったみたいだった。


「春花……!」


 肩をつかむ四方田くんの手がぎゅっと強くなった。


「春花、俺さ」


 しまった……!


「俺……オヤジに言うよ。自分の夢を守りたいんだ。胸を張りたい。これが俺だって、堂々と言いたい。そう思えたのは、春花が応援するって言ってくれたからだった。俺……こんな気持ち初めてなんだ」

「よ、よ、よ、四方田くん……待っ……」

「前から、春花のこと、すげーかわいいと思ってた。そこらへんの女子より全然かわいい。もう中学くらいから思ってた」


 えっ?

 前世の記憶にも入ってない情報なんだけど……?


 中学から?

 好き?

 俺を?


(いや、でも、きっと……ゲームの設定で、そう思い込むようにしむけられてるんじゃ……)


 まさかそうは言えないから、俺は言葉を選びつつ、


「か……勘違いだよきっと、四方田くん……四方田くんはモテるんだから、そんな俺なんかに……」

「勘違いじゃない!」


 四方田くんは声を張った。押されて絶句してしまう。


「本当はさ、初等部のころから、春花はかわいいって思ってたんだ。意識するようになったのは、中等部に上がってからだけど……恋愛とかを意識するようになったって言うか……年齢とともにっていうか……何年もかかって、でも気持ちはかわらなかった。それを勘違いとか言わないでくれよ」

「……ごめんなさい」


 思わずうなだれてしまう。

 そうだよね。

 今のは俺が失礼だった。


「……いや、春花が信じられないのもわかるから……。俺だって悩んだよ、同じ男なのに、こんな気持ち持つなんてって……でもやっぱりわかった、俺、春花を好きなんだ……! 春花がいてくれたら、俺、強くなれる。俺と一緒に……夢を追いかけてほしいんだ……!」


 しまった……!

 シナリオの台詞、言わせてしまった……!

 俺はすがる思いで口実を口にした。


「俺、でも、あの、婚約者が……いるから……」

「だけど、好きなわけじゃないんだろ? だったら、俺と一緒に頑張ろう。好きでもない相手を結婚する未来なんて、受け入れなきゃいい。俺は俺、春花は春花で、助け合えると思うんだ」


 あっ……そうか……。

 俺、深く考えずに、冬志さんとの婚約はただのしきたりだって言っちゃったんだ……!


 ノーと言わなきゃいけない。

 だけど四方田くんを応援したい気持ちは事実だ。それをちゃんと伝えたい。お父さんとのことはもちろん協力していいんだけど、お付き合いは困る。いったい何て答えれば……!?


(狩野さん……助けて……!)


 パニックになりかけたとき、ふと四方田くんの指が震えてることに気が付いた。


 四方田くんも、怖いんだ……。


 頭に浮かんだのは、冬志さんの顔だった。


 信じると言ってくれた冬志さんに、俺は本当のことをなにも言えてない。

 それがすごく心に痛かった。

 でも言えなかった。勇気がないからだ。


 四方田くんは、勇気を出したんだ……。


 俺は、四方田くんの恋人にはなれない。

 だけど……。


 なけなしの度胸をかき集めよう。

 やらなきゃいけないときがある。






 

「四方田くん……」


 声はみっともなく震えてたけど、四方田くんはハッとしたように俺を見つめて、


「あ……ごめん」


 我に返ったように肩をつかむ手を離してくれた。

 何となく間が持たなくて、無意味に会釈してしまう。


「……ありがとう、四方田くん」


 俺は頭を下げた。まだ顔を見る勇気はない。


「俺、……四方田くんのこと応援したい。俺にも頑張らなきゃいけないことたくさんあるし、俺にとっても全然他人事じゃないから……」

「春花……」

「……友達として、応援させてほしいんだ」

「友達……」


 四方田くんの声から表情が消えた。


 信じられないくらい胸が痛い。

 俺、四方田くんのこと大好きなのに。

 そりゃもちろん友達としてだけど、でも……。


 そのときだ。

 不意に、ある思いつきが浮かんだ。


(……断わらなくても、……仮婿になってもらってもいいんじゃないかな……?)

(俺のこと本当に好きになってくれたのなら、初めての人だよ。その人を傷つけていいの? 冬志さんも解放してあげられるし……)


 本当の意味では結婚できないけど、でも、それで四方田くんが喜んでくれるなら……。




 

 

「……る……!」


 遠くでかすかに声がした、気がした。

 俺は顔を上げた。


「冬志さん……?」


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