3-8 雷轟電撃
冬志さんにウソをついている。
……と、思うと気がもめる……。
目を見られないうちに、一週間は淡々と過ぎていった。
ウソって言っても、大したことじゃない。
友達の相談に乗っていて、それを頼まれて伏せてるだけだ。
でももともと俺は冬志さんに大きなウソをついてる。なのに、あんなふうに言われてしまったら罪悪感がすごい……。
「……どした、春花?」
呼ばれてハッとした。
いつもの藤棚だ。
目の前で四方田くんが不思議そうにしている。
「溜息ついてたぞ」
「あ、え、ご、ごめん」
急いで座り直す。四方田くんは俺を見つめて黙り込んだ。
ちょっと言いよどんで目を伏せ、
「……俺とじゃつまんないかな」
「あっ、ごめん、そういうことじゃないんだ、ちょっと気になってることがあって……! 四方田くんのせいとかじゃないよ」
「……あ、そう……?」
四方田くんは珍しく不安そうに見えた。
俺、そんなに失礼な態度とっちゃったかな? そうだよね、目の前にいるんだから集中しないと……!
たちまちあわあわしてしまって、俺は急いで手を振った。
「そうそう! ほんとごめん! 話、続けよう。ううんと、最初のデートで行きたいとこ、だったよね」
「うん」
「相変わらず、それで役に立てるのかわからないけど……」
俺はちょっと笑ってしまいながら、
「……えっと……そうだね、……遊園地とか人が多いところは、人に酔っちゃって苦手だから……」
ふと浮かんだのは、いつかの野原だった。
冬志さんと行った、春野原。
「……き、きれいな……花が咲いてる野原みたいなところが……いいかなあ……」
言いながらほっぺたが熱くなった。
ば、バレてなきゃいいけど……。
四方田くんはうなずいてメモを取っている。
何だかやっぱり元気がない。
金曜日の放課後だ。
今日は夜に入って雨が降るとかで、のんびりしたうちの学校はほとんどの部活が休みになっていた。
雲は分厚く、墨をまいたように空を覆おうとしている。
風も出て来た。
ノートのページが風に煽られて、そのたびに四方田くんが押さえ直す。
――と、思っていたら、ひゅうっと風が音を立て、ぽつっとテーブルの上に大きな水滴が落ちた。
バタバタバタッと雨が落ち始める。
俺たちは慌てて荷物をかっさらい、辺りを見回した。
もう図書館は閉まっている。結局飛び込んだのは、少し離れたところにある特別教室棟だった。
悲しげな音を立てて風がガラスを揺らし、大雨がひと気のない校庭の景色をとざしていく。ざあっという雨音が暗い廊下に響き渡る。雨音と、俺と四方田くんの話し声、足音だけがこだましていた。
俺たちはポツポツ話しながら、雨がやむのを待つことにした。
「どうせすぐやむって」
四方田くんが主張する。
「おかげでプロット、できそうだよ」
「よかった。じゃあ、今週いっぱいで終わりかな?」
「そうかな……うん、まあそうかも」
少しホッとした。
じゃあ、これで冬志さんにウソつかないでいい……。
俺を見つめて、四方田くんは、少し淋しそうに笑った。
窓からの光が暗く眼鏡に反射している。
そちらに目をやって、
「……そう言えば、春花、サンルームでお弁当を食べてるよな」
「あ、うん」
「廊下から見えてた。最近天気良いし、お日様がぽかぽかで気持ちよさそうな場所だよな」
「お日様はいいけど……」
俺は苦笑した。
いつも冬志さんと瑞希兄さんがとげとげしているから、ちかごろじゃ太陽が気持ちいいどころじゃない。
右往左往する俺も見えてるのかな……。
「……厳原先輩と春花会長と、毎日食ってるんだよな」
「うん、まあ……四方田くんも来る?」
冗談で口にしたあとで、わりと悪くない思いつきかもしれないと気がついた。
人が増えれば、冬志さんたちもちょっとは気を遣うかもしれない。
想像するとなんだか気持ちが明るくなって、俺は自分で自分にうなずいた。
「天気の良いときにでも、おいでよ」
「……うん……」
ちらりと俺を見た四方田くんの目は、なんだかまぶしそうに見えた。四方田くんは目を伏せた。雨の音が響く。
そのとき、ポケットの中でかさりと小さな音がした。
(……あ、瑞希兄さんがくれたメモ……)
お菓子言葉ってやつだ。
そうだ、いまだったらカップケーキの話ができるな。
俺は何気なくメモ用紙を取り出して開きかけた。ちらりと瑞希兄さんの筆跡が目に入ったところで、同時に、名前を呼ばれて四方田くんを見上げた。
「……春花、俺さ……」
「うん?」
「俺、オヤジに話そうと思うんだ。小説のこと」
「え」
俺は目をまるくした。四方田くんは癖っ毛をかきながら、
「……やっぱり夢は諦めたくない。そのためには強くなりたいんだ。大事なことから逃げるわけにはいかないよなって……」
「四方田くん……」
すごい。
四方田くん、かっこいい。
俺は思わず尊敬の眼差しになってしまった。
四方田くんは照れくさそうにほっぺたを人差し指で掻いた。
「そしたらさ、春花」
「うん」
「……俺と一緒に、夢を追いかけてくれないか……?」
「夢を……?」
どういう意味かな。
あっ、今度みたいに協力してほしい、とか……? 相棒みたいな……?
(結構……楽しそうかも……)
正直、今回の俺が何の役に立ったかは、全然わからないんだけど。
考えてみるとわくわくする。
よし。
俺はうなずきかけた――同時に、地響きを立てて雷鳴が轟いた。
思わず動きを止める。
白と黒が反転したような白光と轟音。世界が停止した。
俺はしばらく身動きできなかった。
「びっくりした――近かったね……」
雨音が戻ってくる。
俺は深々と息を吐き出した。
あ、メモを落していた。身をかがめて拾い上げた拍子に、文字が目に入る。
「あなたは特別な存在」。
瑞希兄さんの字だ。
――これなんだっけ。どういう意味だろう?
瑞希兄さんが書いておいてくれたお菓子言葉のはずだけど……。
カップケーキを人にプレゼントするときの意味……だよね?
――身を起こしながら四方田くんの真剣なまなざしに気が付いた。
「四方田くん?」
「……春花……」
俺は四方田くんの腕が肩に伸びてくるのを、きょとんとして見ていた。
あたたかい手触りが、制服越しに指先に届いた瞬間だった。
もう一度大きな音を立てて雷が落ちた。
俺のうえに。
本物の雷じゃない。
それくらいのショックだった。
「あなたは特別な存在」。
見える。
スチルが。
シナリオも。
設定も。
これから何が起きるかも。
なにもかも思い出した。
こんなときに蘇ってしまった。
(四方田くんは――……)
(四方田くんは、二人目の花婿候補だ……!)
四方田くんの緊張した顔を見上げて、俺は凍り付いていた。
逃げなければ。
でも動けない。
神様、なぜ……。
俺の周りには花婿候補しかいないんですか……?
(……狩野さん! 狩野さん!)
俺は無意識に、頭の中で叫んだ。
そのときだ。
目の前で全てがとまった。
……え?
四方田くんも、雨も、窓を伝う水滴も、稲光も、何もかもとまっている。
そして、
「呼んだか?」
「か、か、狩野さん!?」
俺は思わず叫んだ。
目の前にプランと細い足が降りてきた。見上げると、狩野さんが空中に片あぐらをかいていた。まるで椅子があるみたいに、片足をぶらぶらさせている。
「言うたろ? 心の中で呼べば来ると」
狩野さんは得意げだった。
「移動させる時間はなかったから、いったん時間を止めたぞい」
「か、か、狩野さん、大変です!」
俺は飛びつくように狩野さんに駆け寄った。
「呼んだつもりじゃなかったけど、ありがとうございます!」
「ど、どうした」
「……フラグが立ってしまう直前でした……!」
「んんん?」
「つまり……」
泣きそうになりながら訴える。
「四方田くんは、二番目の花婿候補だったんです……!」




