2-6 ガーデンパーティ
ざわざわ、はずむ笑い声が、うずを巻いている。
室内楽の軽い演奏と混ざって波になり、温かい風とともに、気持ちよく肌をくすぐってゆく。
緑の芝生広場の上は、青空だった。
まぶしいほどに白い天幕がいくつも張られて、その下には、白いカバーをかけたテーブルがあり、かわいらしい焼き菓子やサンドイッチのプレート、氷を浮かべたレモネードやアイスティーのキャッチャーがぎっしりだ。
陶器やガラスが、春の陽射しに笑ってるみたいにちかちか光る。
あざやかな色の生花やリボンがかざられて、しみひとつない白に映える。
それにも増して華やかなのは、そのあいだを行き交う笑顔だ。
男子学生は黒いジャケットにポーラーハット、女子学生が花嫁衣装のような白いワンピース。
友人同士で、時には恋人同士で。
低い声で語り合いながらゆったりと歩いたり、飲み物を選んだり。どの顔にも、生き生きとした笑みが輝いていた。
思わず楽しくなってしまうような景色だけど、でも、
――そんな中、俺は、なんとなく小さくなっていた。
ポーラーハットの縁を両手ににぎって、そわそわきょろきょろ歩いてしまう。
俺の前には冬志さんの背の高い後姿。
足が速くて追いつけない。
いや、俺がひとごみを歩くのが下手なんだな。振り向いてくれないから、とにかく追いかけるしかない。
(……冬志さん、義務として声をかけてくれたんだろうな……)
冬志さんは昔から変なところで律儀というか、頑固というか、融通の利かないところがあった。
婚約したからにはこれくらいしなくては――とかなんとか考えてくれてるんだろうけど。
申し訳なかったな。
おかげで初めてのガーデンパーティには来ることができたけど、冬志さんとしてはお友達と来たかったんじゃないだろうか。
申し訳なくて、しょんぼりしてしまう……。
そう思ったとき、硬いものにボスッと突っ込んだ。
「す、すいませ、」
条件反射で謝りつつ見上げると、しゃんと伸びた冬志さんの背中だった。
いつのまにか立ち止まってたんだ。
鼻をこすりながら目をやると、いつのまにか人混みを抜けて、芝生広場の外れの藤棚の下まで来ていた。
「あ、ここ……」
「……飲み物は」
急に冬志さんが振り返った。
「何にする」
「あ、え、あ、はい?」
「アイスティーでいいか。とってくるから、藤棚のベンチに座って待っていろ」
その目と声が思ったより機嫌が良さそうで、俺はちょっとぽかんとしていた。
意味がわかって、慌てて首を振る。
「あ……りがとうございます……だけどそんなことをしていただくのは……」
「人混みは苦手だろう。いいから」
藤は咲きかけだ。冬志さんはベンチを指して、天幕のほうに戻っていった。
天幕の向こうには、日を浴びたメイポールが見える。高い柱のてっぺんに、色とりどりの花がきれいな球のかたちに束ねられて、幾筋ものリボンがかざりつけられている。
――気を使ってくれてる?
俺はぼんやりとその背中を見送っていた。すらっと背が高い後姿は、人混みのなかでも水際立ってかっこいい。
子どものころ、冬志さんはあんな目をしてくれてた。
(……ふたりで、こんな春の野原で過ごしたこと、あったなあ)
ふと記憶がよみがえった。
ハコベ。オオバコ。
オオイヌノフグリ、クローバー。ホトケノザ。キュウリグサ。
若緑の上に、白、青、黄色、紫、小さな星の花が散る。
俺は野草に足首まで埋めている。肌に触れる若い葉は、ひんやりと気持ちいい。
しゃがんで、野いちごを探している。
「こっちにもあったよ、薫」
振り返ると、冬志さんが俺を見て笑っていた。
――冬志さんの瞳、あのときと同じだった。
一緒にいるだけで不思議なくらい楽しくて、どきどきして……。
そぞろに浮かべていると、なにかが引っかかった。
(……なんだろう)
そう言えば――冬志さんの態度が変ったのはあのあとじゃなかっただろうか。
どうして気が付かなかったんだろう。
そっか。俺自身は、あのとき熱を出して寝込んでしまったから、別々のことみたいに思ってたんだ。
でも、考えてみたらそうだった。
急に心臓がどきどきしてきた。俺はふらふらと藤棚の下へ歩いて行って、ベンチにすとんと腰を落とした。ポーラーハットを横に置いて、じっと考えてみる。
(……俺、あのとき、何か失礼なことした?)
なにか冬志さんを怒らせるような……?
「かおちゃん」
やわらかい声がして、我に返った。
瑞希兄さんが芝生のうえをほほえみながら近づいてくる。
うわあ。
たちまち現実がよみがえってきて、俺はぴょこんと立ち上がった。
冬志さんのことで悩んでるときじゃなかった。
俺には〈はなこい〉のフラグを折るという重要な仕事があったんだ。
「どう? 楽しんでる?」
「ええっと、は、はい……」
どぎまぎしてうなずく。
「あの……この間言ってた、お手伝いが足りないっていうのは……どうなりましたか……?」
「ああ、うん。おかげさまで、もう大丈夫だよ」
瑞希兄さんは王子様スマイルを見せた。
「それより、もうすぐメインのイベントが始まるよ。良い場所を取っておいたから、前の方で見たらどう?」
指さされた先には、メイポール。
その下には、準備しているらしい学生会の人たちが見える。
「……〈春の女王〉は、どうなってるんですか……?」
俺じゃないですよね、とは言えない。
「どうしてそんなこと聞くんだい? いつもどおり、花束を投げて決めるよ」
瑞希兄さんの明るい声に、一気に肩の荷が下りた気がした。
よかった。もう大丈夫なんだ。
瑞希兄さんは〈花婿候補〉じゃなくなったんだ……!
「ほら、おいでよ。初参加だろ? 後ろにいたらもったいないよ。厳原くんにもすぐわかるから大丈夫だから」
こっちこっち、と手招きされて、天幕の下に目をやるけれど、冬志さんは軽食をとる人混みに紛れて見えない。瑞希兄さんは、俺がついてくると確信してるように歩き出した。
「瑞希兄さん、あの……俺はうしろでも大丈夫なので……瑞希兄さん」
一生懸命呼ぶけれど、さざめきと音楽で聞こえないらしい。
仕方ない。振り返ったら俺がいない、ってことになると、気を使ってくれた瑞希兄さんに申し訳ないし……。俺は冬志さんのほうを見やりながら、あとを追った。
俺たちが近づいていくと、メイポールの下に集まっていた学生会の人たちが振り返った。
「さあ、始めよう」
悠々と瑞希兄さんが告げる。
驚いたような目が、さっと俺の上に集まった。
な……なんだろう。
「ええ? その子かい?」
「そう」
「ま、たまにはこういう趣向もいいか……時間もないし」
うなずきあって、一人の人が手にしたベルをがらんがらんと鳴らして、先輩たちはいっせいにポールの周りから離れ始めた。俺と瑞希兄さんを残して。
え? なに?
ベルの音に応えるように、ほうぼうから学生たちが集まってくる。
メイポールを中心に円を描くように空白をつくって立ち止まり、皆の視線も、俺と瑞希兄さんに集中する。ざわめきが耳に届いた。
「あの男の子……」
「もしかして」
「〈春の女神〉?」
「いいじゃない、可愛い子なら。女子でなければいけないって決まりはないわ」
声はやがて笑いさざめきに変って、拍手が起きた。
……これはいったい……?
「春花薫くん」
瑞希兄さんの声が、朗々と響いた。
いつのまにか兄さんの手の中には、明るいピンクや黄色の春の花に彩られた花輪が掲げられていた。
え?
瑞希兄さんは俺に歩み寄り、
「我が心の春の君よ。願わくばこの花輪を受け取り、我が春の女王とならんことを」
……ん?
〈春の女王〉……って、言った?
俺が凍り付いていると、瑞希兄さんは小声でささやいた。
「受け取って、かおちゃん。そしたらきみが〈春の女王〉だ」
血の気が引いた。
シナリオ……終わってない――……!!!




