2-5 パーティに行こう!
冬志さんは咳払いした。
「ガーデンパーティの日、予定は入ってるか」
「……ガーデンパーティの日……ですか?」
なぜいきなり?
考えを見透かされたみたいだ。思わず聞き返した声は引っ繰り返っていた。
でも冬志さんは淡々と、
「ああ。今年初めてだろう。誰かと約束してるか」
「や、約束は、してませんけど……」
「なら、俺が案内してやってもいいが……」
冬志さんの毅然とした低い声は、めずらしく、まるで続きを思いつかないみたいに途切れて、周りのテーブルの話し声と、お昼の気持ちのいい日差しにまぎれた。
変な間が落ちる。
意味がよくわからない……。案内……って……?
俺は言葉の続きを待って、冬志さんを見上げていた。うしろのパキラが冬志さんの肘に刺さりそうだな……って考えてたけど、冬志さんは不機嫌そうに俺を見返しているだけだ。
だんだんいたたまれなくなってきて、やっと気が付いた。
あ……俺が発言する番……?
「……案内……」
首を傾げて冬志さんの提案を口の中で確かめてみた。
案内してくれる……えーと、ガーデンパーティを?
冬志さんが苦々しげにうなずいたのを見て、同時にひらめいた。
「パーティに一緒に行って色々案内してくださる、ってことなんですか……?」
「……ああ」
「えっ……ありがとうございます、そんなご親切に……すみません、俺、想像もしてなくて……でもどうしてですか……?」
「……『どうして』?」
だって、俺といるのは嫌なはずじゃ……。
冬志さんは面食らったように見えた。返事を探すように、切れ長の鋭い視線を俺の手元あたりに落とした。
あれ? 俺、変なこと言ったのかな……。
どぎまぎしてから俺はハッとした。
「もしかして……」
テーブルの上に少し身を乗り出して、声を低める。
「……もしかして、婚約者としての計画ということですか……?」
冬志さんの眉間にしわが寄った。冬志さんは瞑目してなにか考えてから、投げ出すように「まあそうだな」と言った。やっぱりそうなんだ。なるほど。
「確かに、インパクトありますね。ガーデンパーティならみんないるから」
「……まあそうだな」
冬志さん、そんなことまで計算してくれてたなんて……。
――でもフラグを折るためには、絶対にガーデンパーティに行くわけにはいかない。
俺は無難な言い訳を頭の中で探したけど、なにも思いつかない。狩野さんの言うとおり、俺は本当に断わるのが下手みたいだ。あんまり自覚してなかったけど、口を突いて出るのはあわあわした言い訳ばっかりだった。
「か、考えて下さって、ありがとうございます……あの……でもちょっと……なんと言いますか……俺……」
「……わかったわかった。もういい」
「えっ」
「言い訳は不愉快だ。俺と出かけるのが嫌なら、素直に言え」
「そ……そういうことじゃないんです……!」
「無理はするな」
「ち、違います、冬志さんとガーデンパーティに行ってもかまわないんです、ただ……事情が……!」
なにか言いかけて、ふと冬志さんの身体が動いた。冬志さんは口をつぐんで、俺の背後に眼を向けている。
怜悧な目鼻立ちから表情が消えて、冷たい空気がのぼり、顔中に広がっていく。
なんだろ……?
振り返った。緑に囲まれたガラスの壁からやわらかい光が差し込んで、並んだテーブルとランチ中の学生たちを照らしている。敷石をコツコツ鳴らしながらこちらに向かってくる、見慣れた笑顔に、俺の目はとまった。
固まる。
(ど、ど、ど、ど、どうして……!)
瑞希兄さんだ。
兄さんは、片手に持った缶コーヒーを持ち上げてみせると、
「かおちゃん。お邪魔しても?」
「え……」
「いいよね」
瑞希兄さんは俺の返事を聞かず、冬志さんに微笑みで挨拶すると、俺の隣の椅子を引いた。
腰を下ろすと、まず俺を見てにっこりする。
「今日は天気がいいね」
「はっ、はい……!」
「あ、お弁当、かおちゃんの好きな唐揚げだね」
「あの、あ、はい……!」
「登与さんの唐揚げは塩加減が絶妙なんだよねえ」
だめだ。
お箸を握る指がぶるぶるして、声が裏返りかけてしまう。
(待て、落ち着け、いくら花婿候補だからって、いきなり取って食われるわけじゃないんだから……!)
そろりと顔を上げると、瑞希兄さんの笑みを含んだ眼とかちあった。
見つめられてた……?
「……かおちゃん、あまり食欲ない?」
「い、い、い、いえ、あの、」
笑顔もいつもの瑞希兄さんだ。そしたら、瑞希兄さんはふふっとおかしそうに声をこぼした。
「……え?」
「かおちゃんはいつもかわいいけど、今日はさらにかわいいね」
「えっ!?」
「どうしたの? 何だか、僕を怖がっているようだけど……気のせいかな」
「……そんなことは、ありません」
「……う~ん?」
瑞希兄さんの微笑みは花のようだった。
「かおちゃんの笑顔も大好きなんだけど……怖がる顔も、そそられるんだよねえ」
え?
どういう……?
俺は凍り付いた。
「……おい」
低い声で我に返った。
冬志さんだ。
テーブルの向こうで腕組みして、こちら側を睨むように眺めている。
もう永久氷壁かクーラーか、って感じの目。冷気が流れてくるみたいだ。
「何見つめ合ってる」
「見つめあっ……そんなことしてません!」
突拍子もない言いがかりに、呪縛がとけた。
俺はあわてて首を振った。
冬志さんはそんな俺を冷たく一瞥して、瑞希兄さんに顔を向ける。
「我々は初対面のはずですが。同席者になんの挨拶もなく着席ですか。あまりマナーが良いとは思えませんね」
一言目から切り口上。
むしろケンカを売ってるみたいだ。
たたきつけるように冬志さんは言い、冷ややかな笑みを口元に浮かべた。
俺は呆然と冬志さんを見つめていた。
すると、瑞希兄さんがにっこりし、
「それは失礼。学生会長の春花です」
「なるほど。学生会長だから名乗らなくても知られているはずだ、と?」
こ……こわい……。
いままでも冷たいと思ってたけど……こんなじゃなかった。
一方、瑞希兄さんの笑顔は完璧だ。でもなぜだろう、どんどん目が怖くなっていくような……?
小首を傾げるようにして、瑞希兄さんは脚を組んだ。
「そんなに自惚れてるつもりはないけれど、そう見えたなら謝るよ。そう言う君は、二年の首席の厳原冬志くんだね。かおちゃんの幼なじみだとか……」
頬杖を突いてほほえむ。
「……だいぶ、かおちゃんから怖がられてるみたいだね?」
――うっ……。
冬志さんの眉間に、しわが一本増えた。
なにこれなにこれなにこれ?
ふたりの間で俺は石のようになっていた。
「ねえ、かおちゃん。頼みがあるんだけど」
矛先がこっちに代わった。
瑞希兄さんの王子様スマイルを向けられて、俺は飛び上がるように背筋を伸ばした。
「た、た、た、頼み? ですか?」
「そう。来週のガーデンパーティのことでね。ちょっと人手が足りなくて、かおちゃんに手伝ってもらえたら助かるんだ」
き、き、き、来た……!
〈春の女王〉役かな?
「お手伝い……ですか……?」
慎重に聞き返す。
「うん。学生会の一人が体調を崩してしまってね。人手が足りないんだよ。ガーデンパーティはなかなか忙しいんだ。そこでかおちゃんの顔が浮かんだんだよ」
「は……はい」
「どうかな? 学生会の手伝いに来てくれない?」
頭の中をめまぐるしく「?」が飛び回った。
学生会の手伝い……。
「……お皿洗いとか……?」
「はは、そんなところかな。雑用だよ、ちょっとした連絡係とか」
瑞希兄さんは困ったように微笑んで、
「頼むよ、かおちゃん。急なことだから、そこら辺の人には頼みづらいんだ。お願いできるのは、気心の知れたかおちゃんくらいだよ」
「は……ええと……」
「それにかおちゃんなら、ちゃんとやってくれるってわかってるから。従兄弟を助けると思って、ねっ?」
「あの……」
……本当に困ってるのかも。
〈春の女王〉じゃないかもしれない。お皿を洗ったり、連絡係で駆け回るくらいのことを断わるなんて、俺、ひどいんじゃないだろうか……。
瑞希兄さんの困った顔は迫真だった。飲込まれるように決心がふらふらっとしかけた――そのときだった。
「他を当たってください」
きっぱりと冬志さんが言い放った。
「ガーデンパーティは先約済みです。薫は俺と行く約束になっています。……そうだな、薫」
刺すような眼差しを向けられ、俺は反射的にこくりこくりと頭を上下に振った。
同時に、ヨレかけてた思考がシャキッとする。
あ、あぶなかった。瑞希兄さんにうなずくところだった。
冬志さん、助けてくれた……!?
見つめると、冬志さんは俺の視線にこたえるようにうなずいた。やっぱりフォローしてくれたんだ。
手を組んでから初めて、冬志さんの表情に温かい笑みが混じった気がした。
でもそれは一瞬だった。すぐにいつもの氷のまなざしに戻り、瑞希兄さんを一瞥する。
「今年は、薫も初めてのガーデンパーティです。雑用などさせるのは気の毒だと思いますが?」
「……そう」
瑞希兄さんが冬志さんを見つめ返す。
優しい横顔に、冴え冴えと、刃のような冷たさが差し込んだ――気がした。
だけど、
「……お友達と先約があるんだ?」
振り返った瑞希兄さんは、四月の日差しのように優しい笑みをたたえていた。
「そ、そ、そうなんです……!」
「……ふふ。じゃあしょうがないなあ。残念」
そう言ったとき、瑞希兄さんは、もう完璧な王子様に戻っていた。
「そういうことなら僕も考えないとね」
「え?」
「ううん、こっちのことだよ。じゃあ、ガーデンパーティを楽しむポイントを教示しようかな? かおちゃんには喜んでほしいからね……」
瑞希兄さん直伝・パーティのオススメポイント(アフタヌーンティは毎年、帝都ホテルの喫茶室のコックさんを招いてる本格派だとか)を聞いているうちに、全身から力が抜けていった。
うなずきながら、俺は心の中で思っていた。
もしかして……回避できた?
瑞希兄さんのフラグは折れたのでは……?
「……おまえは……ガーデンパーティに誘われるのがどういう意味か、わかってるのか」
冬志さんが苦々しげに声を落したのは、その日の帰り道だった。
「え?」
「……知らないらしいな」
「な……何ですか?」
俺たちは正門を出、疎水にかけられたアーチ型の石橋の上にいた。橋の先からは街だ。石畳で舗装されたマロニエの並木道に出る。
冬志さんと俺の距離感は、相変わらず、冬志さんが三歩先。端から見ると、連れかどうかもはっきりしない。
ちらっと振り返った冬志さんの目は疑わしげだった。
え……なに……?
そんな視線で見られるようななにかがある?
急に、突拍子もない考えが頭に浮かんだ。
まさかと思うけど、冬志さん……俺が、〈春の女神〉を申し込まれる予定だってこと、知ってる……?
いや、ないない。ないよね。
フラグを折りたい、って考えすぎて、なんでもかんでもフラグと関係ある気がしちゃってるんだ。
と、自分をなだめはしたものの、ついびくびくしてしまう俺をじろりと見て、冬志さんは溜息をついた。
「……ガーデンパーティに二人で行こうという場合、通常デートの申し込みだ」
「……デート……」
そ、そうなのか。
そのへんはあまり掘り下げたくない。俺は取り繕うように微笑んだ。
「でも、俺は男ですし……そんなこと」
「男だが俺たちは婚約している」
「それに、あの人はそういう関係じゃないんです。親しくはありますけど……」
「又従兄弟だろう」
「あれ、お話ししましたか……?」
俺のほうがびっくりしてしまった。
「春花という苗字はそんなに多くない。それくらい想像はつく」
「あ……なるほど……。でも、又従兄弟ってとこまで……」
冬志さんはことさらに顔を背けて、
「たまたま小耳に挟んだだけだ」
「あ……学内で……?」
「ああ。……あくまで、偶然だ。わざわざ聞いたわけじゃない。……いくら突然現れた馬の骨だとは言え……」
「え?」
「ともかく……又従兄弟なら交際はできる。パーティに誘ってもおかしくはない」
冬志さんは語調を強めた。俺は唖然とした。
そ、それは、理屈としたらそうだけど……。
普通は、男性が(特に従兄くらいの関係の)男性に交際を申し込むために学校行事に誘うなんて、考えつくかな。俺はゲームのことも、花婿候補のことも、冬志さんに話してはいない。つまり、瑞希兄さんに疑いの眼差しを向ける理由はなにもないはずなんだ。
なのにこんなこと言い出すなんて……。
一度打ち消した疑いが、またちらりと頭を持ち上げた。
(冬志さん……何かを知ってる……?)
いや、そんなわけない。
俺の考えすぎだ。
冬志さんの話し方は淡々としすぎてて、感情が読みづらい。離れてるから表情も見えないし。だから、余計なことが心配になるだけだ。
冬志さんは少し黙っていたけど、声を落とした。
「……本当はあいつと行きたかったのなら、悪かったな。俺の話は間違いだと話して、パーティに行ってこい」
冬志さんはそれきり口をつぐんだ。
慌てて首を横に振る。
「い、い、いえいえいえ、あの……そんなことはないです。理由があって、俺も、瑞希兄さんと行くわけにはいかなかったので……だから、お昼の時は本当に助かりました。俺の様子を見て、気を遣ってフォローして下さったんですよね? ありがとうございます」
「……そうか」
「はい」
「……ガーデンパーティには興味ないのか」
「きょ、興味は、あります」
俺はつい正直に言った。
高等部の象徴、ガーデンパーティ。中等部にいるときから、憧れだった。
そう言えば冬志さん、瑞希兄さんが来る前に、案内してくれるって言ってた――ふとそう思いだしたとき、
「……そうか」
冬志さんの肩から、ほっと力が抜けた気がした。
歩調がすこし早くなった。冬志さんが一歩先に出て、顔が見えなくなる。斜め後ろからはきちんとととのった襟足と、髪のあいだからのぞく耳しか見えなくなった。冬志さんは振り向かず、早口で言った。
「だったら、二人でいこう」




