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お兄様と落ちる水。

遅くなりました。

すみません。

よろしくお願いします。

 ・・・洞窟を抜けると、そこは切り立った断崖、いや峡谷きょうこくだった。

 俺達の居る切り立った崖の向かい側にも同じような崖が存在し、谷底には川が流れている。

 向かいの崖までの距離は百メートル以上はあるだろうか。

 そしてその対の崖を見上げれば、上の方にかなり大きな横穴が空いている。

 その穴を口に見立てれば、まるで歯だとでも言いたげに四角い壁がいくつも並んでいる。

 この位置からは穴の奥まで見通す事は出来ないが、あそこが亥人の里ならば、かなりの規模ではないだろうか。

 少し距離があるため正確な大きさは分からないが、おそらく壁の高さは2階、いや3階建ての家屋ほどだろう。


 「・・・凄いな。フラウス、あそこが亥人の里なのか?」


 俺は穴を指さしながらフラウスに尋ねる。


 「そっそう。あそこが里」


 この山に入ってからの数時間で随分と認識を改めさせられた。

 今まではダークエルフ達の優れた情報収集のおかげで、領内に居ながらにして周辺地域の状況を知る事が出来た。

 ・・・いや、知った気になっていた。

 しかし、少し領地から出れば知らない事だらけ、想像もできない事ばかりだ。

 ・・・俺はあまりにも無知すぎる、民を率いるべき立場の人間には許されざる事だ。

 今後はより俺が率先して外に出るべきかもしれないな。


 「驚いた。亥人達はよくあの様な絶壁に居を構えたな・・・」


 あの大きな穴が天然のモノだったとしても、あそこに資材を運んで建造物を作るのは並みの労力ではないはずだ。

 おそらく今まで歩いてきた道もその資材を運ぶために掘られ・・・。


 「むっ昔の族長が、鳥人から奪った・・・伝わってる」


 「・・・とりびと?」


 俺は思考はフラウスの次の言葉であっさり否定され、聞きなれない名称に首を傾げる。

 視線をノートに移すが彼女も首を横に振る。


 「みっ見た事、無い。この里が、部族の・・・ケルキス族のモノになったのは何代も前・・・だから」


 「そうなのか、だがよく空飛ぶ相手に勝てたな、鳥と言うぐらいだから飛べる相手だったのだろう?それならばあのような場所に居を構えるのも納得がいくし、資材を運ぶのも多少は楽かも知れない」


 それでも重いモノを持って飛べるとは思えないので、簡単では無かっただろう。


 「それに亥人達は弓などの飛び道具が嫌いなのだろう?」


 たしか、ポンティノの村でヨルズがそんなような事を言っていた。

 当然だが、空を飛ぶ相手には遠距離から攻撃する手段が必要だ。

 もちろんそれが有ったとしても空からの攻撃の方が圧倒的に優位だと思うが・・・。


 「え?あ!いっいや、それは族長のセ・ギメルスが決めた。ユミは卑怯な武器、槍の投擲は伝統の技」


 フラウスは一瞬考える様に視線を彷徨わせた後、すぐに思い当たったようでそう続ける。


 「そうか、確かに亥人の腕力ならば投げ槍も必殺の一撃になるかも知れない。だがそれでも空飛ぶ相手に必中とはいかないのではないか?」


 「えっと、えっと、族長の一族は天気を操る」


 フラウスは目を瞑り、必死に思い出す様に頭を捻りながら答える。

 思い出す事に集中しているためか、おどおどした雰囲気が無くなる。


 「濃い霧の中、鳥人は自ら崖にぶつかり、亥人の相手にならなかった。って言われてる」


 フラウスの言葉にアルミニウスの使った魔法を思い出す。

 族長の一族と言うことは、血統魔法の様なモノなのだろうか?

 人間の王族は血統魔法を使える・・・と言うよりも血統魔法を使えるからこそ王族となる。

 ならば亥人の指導者もそうなのかもしれない。

 もしくは特定の魔法を族長の一族が代々秘匿して権威けんいに利用してきた可能性もある。

 だがもし血統魔法に近いモノなら候補者が非常に限定されるな。

 ハーレムを作らせたマッジョレとは違い、文化や生活の根本が異なる亥人に同じ様な対応は難しいだろう。

 亥人の魔術師を兵に組み込むのは難しいか・・・。


 「フラウス、その族長が天気を操ると言うのは、アルミニウスが行っていたのを見た。だがそれ以外にも出来る者は居るのか?アルミニウスとイングイオス以外にも兄弟は居ないのか?」


 洞窟から続く崖を掘り抜いて作られた桟道さんどうを進もうとしていたフラウスが振り返る。


 「いや、里で使えるのはアルミニウスだけ」


 「ん?イングイオスや今の族長も使えないのか?次の族長はイングイオスが最も有力だったのだろ?」


 フラウスは首を振る。


 「族長セ・ギメルスは使えない。天気を操る事が族長の条件じゃ無い。強く、皆を導ける者が次の族長になる」


 ・・・口伝で語り継ぐ様な魔法が軽視されるなんて事があり得るのか?

 人間ならば血統魔法が使えない王族に継承権は無い。

 それは次代に血統魔法が発現する確率を高め、王族の権威を保つためだ。

 ならば何故?

 ・・・もし、血統魔法を使えない者が権力を握ればどうだ?

 自らの権威を維持するために、血統魔法を軽視する決まりを作る・・・。

 外敵が存在するのならあり得ない事だ。

 血統魔法とは限られた人間だけが持つ強力な武器だ。

 それを手放す事は種族全体が弱体化する事を意味する。

 ・・・しかし、外敵が存在せず、平和が続けばどうだ?


 我がボルージャ家も血統魔法を捨てた。

 あれは人間同士の争いを避けるためだったと伝わっている。

 だがもし、強力な魔物が近くに存在すれば、そうはならなかったのではないか?

 ・・・俺は、亥人の里を見上げる。

 切り立った断崖をくり抜いた様に存在するその場所は、天然の要塞だ。

 彼らはここを手に入れてから外敵に襲われることが無かったのかも知れない。


 ・・・会ってみなければ結論はでないが、もし亥人の族長が自らの地位に固執するようなら、切り捨てる。

 その際、亥人の反発を招くかもしれないが、その辺りはアルミニウスに期待だな。

 もし彼にまとめる事が出来ない様なら統治はカウキスに任せるか?

 ・・・だが、彼は族長の助命を願うくらいだから素直に従わない可能性もあるか。


 そんな事を考えながら先を進むフラウスについて桟道さんどうを歩く。

 桟道と言っても木材で足場を組んだわけでは無く、崖を削って作られた素掘りの道だ。

 高さはカウキスの様な大柄の亥人でも頭がぶつかることは無い程で、幅は亥人が優にすれ違えるだけはある。

 人間ならば3人は横に並んで歩けるだろうか。


 だが柵などが作られている訳ではないので、踏み外せば谷底の川まで真っ逆さまだ。

 当然、俺は壁伝いに進むが、ヨルズは身を乗り出して谷底を覗き込んだり、飛び跳ねて上から垂れたツタに捕まったりしている。

 こいつには恐怖心なんてモノは無いんだろう。

 ちなみにノートは俺の少し後ろをついてくる。

 フラウスと彼女の歩いている場所は道の真ん中だ。


 しばらく進むと対の崖にかかる橋が見える。 


 「・・・あれは!?」


 「昔からある、『眠る岩の巨人』と言われてる」


 そう呼ばれた橋は、峡谷に挟まれる様に横たわる巨大な岩塊だ。


 「あ!ホントだ面白いね」


 フラウスの説明を受けてヨルズが指さして笑う。

 想像力を働かせれば巨人に見えるのかも知れないが、今の俺にはそんな余裕はない。

 ・・・これはあの上を渡ると言っているのか?正気か?


 近づいてみると岩の天然橋の上は桟道よりも幅があり、心を無にして真ん中を渡れば大丈夫そうだ・・・たぶん。

 ヨルズは早速縁に行って下を覗き込んだり、橋の上を走り回ったりして、はしゃいでいる。

 俺はそれら全てを無視して、ゆっくりと足を前に動かす事だけを考える。

 ノートがさり気なく、俺の周囲を吹き抜ける風を弱めてくれるのが有り難かったが、振り返る余裕は無い。


 だが橋の半分を越えた辺りで視界に入ったモノが、俺の視線をくぎ付けにする。

 もうヨルズとフラウスは岩の橋を渡り切ったのか。

 そう思った時、ひんやりとした風が頬を撫でた。

 まるでこちらを振り向けと言わんばかりに優しくだ。

 思わず一瞬視線を投げてしまう。


 そこには、雄大な光景が広がっていた。

 切り立った絶壁から落ちる水が、はるか下の谷底まで続く白い道となっている。

 それは一つではない。

 弧を描く絶壁の上から、あるいは崖の中ほどから、水が溢れ出している。

 一直線に谷底へ向かう力強いモノもあれば、枝分かれし広がるモノ、またあるモノは段差となって谷底まで続いて行く。

 かなり遠く、音までは聞こえない。

 だがその姿は、美しい。

 思わず時を忘れてしまうほどの光景だ。


 「行きましょう」


 ノートにそう声をかけられるまで、自分が見入っていた事に気付かなかったほどだ。


 「・・・ノート、世界とは広く美しいな」


 柄にも無くそんな言葉が漏れた。

 そうか。

 さっき俺は無知だナンダト、自分を戒める様な事を考えたが、そうでは無いのだ。

 ただこの想像も絶するような美しい光景を体感したいだけなのだ。

 未知に触れる事で体が強張り、心が躍るような、まるで生きる力が湧き出すようなそんな感覚を・・・。


 「・・・」


、ノートが何か答える前に横から声がかけられる。


 「もう!何してるの!水が落ちてるだけでしょ!何か見えるの?」


 ヨルズがれた様にそう言いながら戻ってきた。


 「あぁ、そうだな。水が落ちてるだけだ」


 ヨルズにはこの美しさが分からないらしい。


 「むぅー、だったらさっさと行くよ」


 決して表情に出したつもりは無いのだが、ヨルズはバカにされたと思ったのか、俺の腕を掴むと強引に走り出す。


 「ちょっ、ま、まて」


 谷底までどれだけあると思っているんだ!

 こんな岩の上で走るな!!

 そう思ったのだが、言葉にする前に視界が回り出す。

 あとはもう、必死に足を動かす事しか出来なかった。

 景色は美しいと感じるが、高い所は怖いのだ。

読んで頂きありがとうございます。

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