記憶
【食屍鬼王】はゆっくりこちらに近づいてくる。
屍の山を降り、ダラリと立つその姿は、いつでも飛びかかれそうなほど低い姿勢だ。
まるで狼の皮に、人間の骨と筋肉をねじ込んだかのような歪な体。全身が返り血で染まっていて、不気味さを増している。腕は異様に長く。先端には鋭い鉤爪が4本輝いている。
すると突然その姿が消えた。
ヒュン
ガチン!!
目の前には、凶悪な4本の爪を振り下ろすグレイルと、レイピアを構え、凶悪な一撃を弾くエリゴールがいた。
まばたきをした一瞬の出来事だった。
〘喰ワレロ!〙
《未だこの世に未練を残したか、悪食め。》
〘マサカ……アノ時ノ騎士カ…!〙
グレイルが後方へ飛び退く。
なんだ、知り合いなのか?
《やつは強敵です。我が主よ、お下がりください。》
任せていいのだろうか。いや、助太刀するほどの力もないのだが…。それでもあれだけ強い力を見せつけたエリゴールが勝利するビジョンが見えないのだ。
「でも…」
『ちょうど良いわ、任せましょう。時間を稼いでもらいましょう。』
フォルンが割って入る。
不意を突かれ黙ったことを了承したと受け取ったのか、エリゴールは再び敵へと突撃した。
俺はフォルンの考えがわからなかった。
どういう意味だよ?このままじゃジリ貧だ。
『そうね、だからこの時間にワタシが、あなたを戦える状態にするわ。』
そんなの無理に決まっている!何寝ぼけたこと言ってんだ!
『今のままだと無理ね、でも貴方に備わっているものは一級品よ、保証する。だから問題なんて初めから無いのよ。』
また無茶苦茶な事をいう。
だが現状を打破する手段が無い事は事実なのだ。
戦えるものなら戦ってやる。その力があるのなら、これを拒む理由なんてない。
それに、こんな理不尽な世界に連れてこられて、殺されるなんて絶対に嫌だ。
毎日終電帰り。また明日会社に行くために帰っているような生活。
こんな毎日に嫌気がさすが、どこかで諦めていた。
生きているのに死んでいるじゃないか。
…ここでならやり直せるのか?
この世界で生き足掻いたら何か変われるのだろうか?
『【神様】にだって誓ってあげるわ。…貴方なら勝てる。』
フォルンの声が聞こえる。
どこにそんな根拠があるのか分からない。分からないが、まだ俺にやれることがあるのなら、やってやろうじゃないか。
『これからワタシの【力】を譲渡するわ。これでグレイルを倒せるはずよ。』
やってやろうじゃないか。
『ふふ、貴方って相変わらず無鉄砲よね。』
その声は、どこか寂しさを感じさせるものだった。
すると突然、体の奥から強い力が溢れ出してきた。
キラキラと青く、白く、美しい。
こはきっと大量の【マナ】の奔流なのだろう。
やがて全身を包み込み、俺の視界は光だけとなった。
どこまでも続く光の先に、ぼんやりと何かを捉えることができた。
あれは…女か…?
向こうに揺らめく人影があった。
腰まで伸びた真っ白な髪の毛、透き通るような肌、来ているワンピースも何もかもが白いその女は、とても美しく、弱々しかった。
ゆっくり近づいていく。鼓動が早くなる。
あの女は何かを知っている。そんな気がする。
あと数歩で触れる距離まで近づく。
⦅ーー。⦆
彼女は悲しそうに微笑み、なにか言葉を発した。
が、聞き取ることができない。
もう一度聞き取ろうと一歩進む。
すると次第に彼女の輪郭が曖昧になり始めた。
「消えないでくれ!」
彼女は最後に何かを伝えようとする。
⦅ーーーーーーー…。⦆
その姿は次第に薄れていき、そして、やがて消えた。
その直後、俺の頭の中に走馬灯のようなものがかけ巡った。
争い。戦い。虐殺。陰謀。裏切り。怨嗟。
誰かの人生を覗いているかのようなそれは、戦争の記憶のようだった。人と魔の戦争。
見覚えがあるような気がする。
その記憶の中にはさっきの【女】もいた。
旅をしている。魔物を倒すが人とも争っている。
同じような戦いの映像が切り替わり、最後に映し出されたのは、目の前で【誰か】を庇い、世界へと散った【女】だった。
奥で瀕死になっている【黒髪の女】が、放ったもののようだ。
【何か】を俺は忘れている…?
…だめだ思い出せない。
そして、感覚が遠のいてゆく。
きっと目が覚めるのだろう。
「俺はどうすればよかったんだ。」
そうつぶやき、美しく弱々しい微笑みを思い出す。
なぁ、フォルン。
そして俺は現実に帰ってくるのであった。
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