アフター〜趣味の時間が充実してこそ、仕事の能率も上がります〜
全力で趣味に走っているお話をお気に入り登録くださった皆々様、ありがとうございます。
このお話は基本がゆるゆる日常ですので、戦闘パートが脇役であることは、予めご了承ください。……戦隊モノのアクションをカッコよく書くなんて高等技術、私にはないよ!
○ヒーロー派遣会社『ガーディアン』公式ホームページ○
ようこそ!
こちらは、暴力的な手段を用いて世界征服を狙う悪の秘密結社『ビリーフ・システム』を食い止めるべく活動している、世界でただ一つのヒーロー派遣会社『ガーディアン』のオフィシャルホームページです。
■よくあるお問い合わせ〜求人編〜
Q5.求人説明に「会社、上司都合による残業は一切認めておりません。我が社は定時出勤、定時退社が基本であり、部署によってはフレックス制を取っております」とありますが、戦闘部署のヒーローなどはやはり、退勤後に報告書作成などの雑事があるのでしょうか?
A5.ございません。当社のヒーロースーツには記録、通信機能があり、ヒーローたちの仕事内容はリアルタイムで本部が把握できるシステムとなっております。
そもそも戦闘部署は他部署に比べて肉体的に非常に厳しい現場であり、いくら当社のヒーロースーツの補佐があるとは言っても、フルタイムでの稼働は体力の消耗が激しいものです。一日八時間、都道府県を跨いで休むことなく動き回るヒーローたちに、この上退勤後に神経を使う報告書の作成などをさせては、心身健康な状態で日々の平和を守って頂くことなどかないません。
また、人間の記憶力というものは意外と儚く、その日のことであったとしても全て覚えておくことなど不可能です。もちろん報告書を書くことで一日の振り返りになり、現場での反省に繋がるという利点があることは承知しておりますが、現場で怪人たちと命を懸けた戦いを繰り広げるヒーローたちに、逐一小さなことで反省してもらって何になるのでしょうか。彼らに反省すべき点があれば、記録を解析した戦略担当から伝えれば済む話です。命を懸けた現場だからこそ、主観的な反省よりも客観的な分析に基づいた戦略の方が効果的という事情もあります。
以上の理由から、当社はヒーローに報告書作成の義務は負わせておりませんし、定時退社を徹底させております。「ヒーローに興味はあるけど、自分を振り返るとか苦手」「肉体労働は苦にならないけど、デスクワークは疲れる」という事情でお悩みでしたら、どうぞご安心ください。
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摩天楼の巣窟と名高い日本の首都も、一本道を外せば意外と、昔ながらの町並みが生き残っている。
近場の夜景を下から見上げるようなその場所に、居酒屋『たつき』は存在していた。
「こんばんはー」
「おう、いらっしゃい、司さん。お連れさんはもう始めてんぜ」
「あれ、純くん久しぶりだね。元気だった?」
「やっと受験終わったからな! また店で修行できる」
「ちゃんと合格したのー?」
店の前を掃除していた、まだ二十歳には届いていないと思われる少年と話すのは、彼よりは年輪を重ねたと思われる二十歳そこそこの男性。司と呼んだその人物にからかい混じりの言葉をかけられた少年は、素直にむくれてみせた。
「合格しなきゃ、親父が店に立たせてくれるもんかよ」
「ははっ、そうだよねぇ。大学合格、おめでとう」
「祝ってくれるなら、後で俺が仕込んだ煮付け、食べてくれるか?」
「そんなのがお祝いになるなら、喜んで。楽しみにしてるよ」
よっしゃ! と喜ぶ純に柔らかく笑んで、司は『たつき』の暖簾をくぐる。
そこそこの広さがある店内は開放的な雰囲気で、入って左側にカウンター席があり、右と奥はお座敷とテーブル席と、入り口から店内全てが見渡せた。
カウンター席で一人、ビールの入ったジョッキ片手に小鉢を摘まんでいた男が、顔を上げて破顔する。
「司! 遅かったじゃねぇか、早く来いよ」
「もー。呑みすぎないでよって言ったのに」
文句を言いつつも、司は男の左隣――いつもの場所ともいう――に座り、「親父さん、僕も生一つ」と注文した。
座った司の隣で、『先に始めていた』男はご機嫌だ。
「呑みすぎてねーよ。酔ってるだけだ」
「どうだか。浩太は笑い上戸だもん。無駄に機嫌良いときは、呑みすぎてる証拠だよ」
「ひっでー。そんな呑んでねぇって」
けらけら笑う浩太は、典型的な『イマドキの若者』を体現している。明るめの茶色の髪に、うるさくなり過ぎないシルバーアクセサリー。ロック系のジャケットとジーンズに身を包んだその姿は、まさしくイマドキの女子高生が憧れる、『ちょっとイケてるお兄さん』だ。顔の造作が飛び抜けて良いわけではないけれど、どこか人を惹きつける華があり、均整の取れた体つきをしていることと相まって、イケメンと呼んで差し支えない御仁である。酔って上機嫌になり、けたけた笑う姿すら様になる。
司は軽くため息をついて、自分の前に生中を置いてくれたこの店の主(純の父親である)に尋ねた。
「ねー、親父さん。浩太、これ何杯目?」
「三杯目の終わりだな」
「いつから呑んでたの?」
「お前さんの来る三十分ほど前だ」
「ペース早すぎでしょ! もー、ちょっと休憩!」
タイミング良く浩太のグラスが空になり、司は強制的に彼からジョッキを取り上げる。と同時に店主から水の入ったコップが差し出された。……カウンターの中で、店主も呑みすぎだと思っていたのだろう。
しかし古今東西、素面の人間の気遣いは、酔っぱらいには届かないのである。
「なーんだよー。お前が生で俺が水じゃ、乾杯のカッコつかねぇじゃん」
「そうなったら困るから呑みすぎるなって言ったのに、こっちの忠告無視した君の自業自得だよ。次のお酒はその水飲んで、料理食べてから」
「ちぇー」
不満そうにしながらも大人しく水のコップを持つ辺り、浩太も素直だ。互いのコップを軽くぶつけ、「おつかれー」と声を合わせる。
ジョッキの三分の一ほどを一気に呑んで、司は深く息を吐き出した。
「仕事終わりのビールは、やっぱ効くねー」
「だろー? 進むだろ?」
「けど、残念でした。僕は君より、お酒強いから。ジョッキ三杯くらいは楽勝です」
「そういや、酒強いのってもともと?」
「だと思うよ? 特に希望出さなかったし、学生時代から酔って前後不覚になるとかなかったから」
もう一度ビールを呷って、店主がさりげなく出してくれた突出しを口に運ぶ。ふと視線を感じて横を見れば、水をちびちび飲みながら、浩太がこちらをじっと眺めていた。
「……何?」
「いやー。今日、ウチの新人から面白い話聞いて」
「なんかあったの?」
「いんや、単なる雑談。なんか、お前みたいなアニメキャラの話」
「はぁ?」
訝しげな声を上げる司に構うことなく、浩太はくつくつ笑う。
「見た目は完全に物腰穏やかなキラキラ王子様なんだけど、意外と武闘派で剛胆な男らしい一面もあって、ここぞという場面ではヒロインをぐいぐい引っ張ってってくれるんだってさ。『普段の柔らかい雰囲気の中で、時折混じる男の空気にドキッとするんですー。まさにギャップ萌え!』ってきゃいきゃい言ってた」
「……それのドコが僕みたいなのか、まっっったく分かんないんだけど?」
「だってお前、ぱっと見完全に王子じゃん」
断言され、がくっと頭が落ちる。中高時代、陰で言われていたあだ名が『プリンス』だったことは、司にとって抹殺したい黒歴史だ。自分が一切悪くない歴史である分、余計に厄介なのに。
「王子じゃないよ! ごく平凡な日本の小市民です!」
「平凡かどうかはともかく、出自がロイヤルじゃないことは分かってるって。じゃなくて、見た目」
「王子の見た目の定義なんて国それぞれでしょ」
「金混じりで癖があるのに艶々の髪と、色白の肌と、角度によって色が変わる瞳と、誰もが振り返る文句なしの美形が揃えば、テンプレ王子の条件八割満たしてね?」
「テンプレ王子とか知らないから。ちょっと髪の色と目の色が珍しいだけで、なんで僕がこんな目に……」
「プラス、初見では絶対強いとは思われない体つきな。お前、もうちょい背が高ければモデルとかでも食っていけたと思うぞ」
「酔っぱらいの戯れ言は聞きませーん。仮にモデルが選択肢に入ったとしても、選ばないよ。僕は今の仕事が最高に楽しいもん」
半分やさぐれて、勢いのまま残りのビールを飲み干す。「親父さん、おかわりー」と言うと、「突出し食べてからだ」と同情の視線と共に返された。ぶっきぶらぼうな親父さん、実は気配りのできる御仁である。
言われるままに突出しをぱくつきながら、大人しくなった浩太を見れば。案の定、超絶不満げな顔になっていた。
ふわりと、不本意ながら『王子スマイル』と名高い笑みを浮かべて、視線を合わせる。
「仕事が楽しいのは良いことでしょ?」
「そうだけど」
「浩太だって、毎日楽しそうだし」
「楽しいことは否定しない。自分で言うのもなんだけど、合ってると思うぜ。けど何だって、お前と争わないといけないんだか……」
「敵対してるんだからしょーがないよ」
「毎回訊くけど、止める気はないか?」
「毎回答えるけど、止めないよ。……正攻法じゃ守れないものもある」
――そう、今日のビルもそうだった。司はしばし、思考の渦へと沈む。
T県に本社を置くあの会社は、設立からして法の抜け道の隙間を縫ったような立ち方で、のし上がり方など違法そのものだった。何しろ社長の方針が「社員は生かさず殺さず」という人権意識の欠片もないところからして終わっている。
労働基準法全力無視のブラック経営なのはほんの序の口。脱税し、扱う商品は製造元偽造の粗悪品ばかり。安さだけが売りだったが、デフレでそれも効果を失いつつあるとみるや、よりにもよって『格安ベビー食品』などという市場に進出しようとした。もちろんそこで売られるであろう『オリジナル商品』とやらが、毒一歩手前の化学物質の混ぜものによって嵩ましされていることも、そこここで囁かれている。
しかし。それほど悪辣な会社を、現代の法律では裁くことができないのだ。『確たる物的証拠がない』、そんな愚かな理由で。あの会社によって精神を壊された元社員が労基局に訴えたり、内部告発されて雑誌の記事になったりと、証言だけなら山ほどあるのに。『疑わしきは罰せず』という司法の原則を楯に、あの会社は堂々とのさばり続けていた。
司法の大原則『疑わしきは罰せず』は、冤罪を防いで無実の人間が謂われない罪を着せられないようにするためのもののはず。なのに実際は、日本の冤罪件数は一向に減る気配はなく、本当に裁かれるべき者たちが『証拠はあるのか』と胸を張る。――救うべき者を救えず、裁くべき者を裁けない『大原則』に、いったい何の意味があるのか。
だから、壊した。社員を、関連の作業場を昼夜の区別なく働かせ、大勢の人を苦しめ続けたばかりでなく。未来ある命までもを食い物にしようとした、腐りきったあの場所を。
ビルの破壊前に、警察検察裁判所が大好きな『動かぬ物的証拠』の類は回収して工作班へと渡しておいたから、もうあの会社は逃げられないだろう。
――うっすらと、暗い愉悦に満ちた笑みを零した司をどう思ったのか、少し酔いが冷めたらしい浩太が笑みを消して見つめてくる。
「……なぁ、司。あの会社が酷かったのは俺たちだって分かってる。けど、壊すことにいったい何の意味があるんだ。暴力はいつの時代も、新たな嘆きしか生み出さないのに」
「お説教なら帰るよ。――さっきも言ったけど、君たちの『正義』は生温い。法律に則って、正規のやり方であの会社を訴えて、それであの会社が潰れるまでに、あと何人が犠牲になれば良かったの?」
「それは……っ! 犠牲者が出ないように注意しながら証拠を集めて、」
「世間の残酷さを知らない、お坊ちゃんの理想論だね」
「司!」
「浩太。声が大きいよ」
窘められた浩太はしかし、まるで納得できていない顔だ。「親父さん、ビール」と不機嫌丸出しの声で注文して、椅子に深く座り直す。無意識のうちに突出しを完食していたらしい司の前にも、浩太と同時に生中が置かれた。
こつんと浩太のグラスに己のグラスを当てて、司は苦笑した。
「せっかくのアフターなんだし、仕事の話は止めよう?」
「……俺だって、お前とは楽しい話だけできたらと思うさ。けど」
「……やっぱり、なんかあったんでしょ。仕事柄、体調管理には人一倍敏感な君が、三十分で生中三杯なんて、どう考えても飛ばしすぎだもの」
「なんかあった、ってほどじゃないけどな。あの後、ちょっと荒れたんだ」
意外な言葉に、少し目を丸くする。
「君たちの中で? 珍しいね。直帰のときは基本、現地解散でしょ」
「つっても、住んでるトコはみんな都内なんだから、用事がなければ普通に帰り道一緒になるだろ」
「それはそうだね」
「今日初出動だった新人がさぁ……『どうしてあんな危険なことを止めないんですか!』って」
「危険……って、君たちとのアレコレじゃないよね。その前の作業のこと?」
今日の現場に、敵の新顔がいることには司も気付いていた。随分と早いお目見えだと思ったがその速さは尋常でなく、身体能力が買われての抜擢かと勝手に想像していたが。
「そ、お前らの本業の方。リアルで見たの、初めてだったらしい」
「今日のはボタン一つでがらがらどしゃーんだから、見た目ほど危険じゃないんだけどね。……けど、僕らを止めたい理由が『危険だから』って、まさか」
「そ、そのまさか。そっちに居るんだと。死んでも守りたい、大事なひとが」
「またか……」
頭を抱えつつ、司の中でいろいろなことが繋がっていく。自慢ではないが、頭の回転は良い方だ。
ビールで喉を潤わせつつ、一つ頷いた。
「心当たりあるよ」
「あいつの意中のひとに?」
「らしくもなく、動揺してたから。ここに来るのがちょっと遅れたのもそれが原因。彼女、終業後の健康チェックで引っかかってね。精神状態もかなり危うくて、みんな心配でなかなか解散できなかったんだよ」
「……抜けてきて良かったのか?」
「あんまり囲みすぎても却って落ち着かないかと思ってさ。いちばん仲良い先輩だけ残ることにして、後は解散。けどそっかー、そういうことか……」
親しい人が敵方に回り、自分を止めにくる。この構図は司と浩太の業界で、そこそこにありふれていた。自分たちは普通に現場で知り合って、その後オフで偶然顔を合わせる機会があって、そうして仲良くなったのだけれど。
しかし、後輩が荒れたからといって、何も浩太まで酔いどれになる必要はないと思うのだが。
司の疑問を察知したからかは不明だが、浩太がタイミング良く盛大なため息をついた。
「あいつが荒れてるの見て、そうだよなぁ、普通はそう思うよなって。なのに俺はあいつみたいに、お前らの本業が危険だから、怪我して欲しくないから止めろって言えない。そんな自分が中途半端な気がして」
「そんな下らないことで悩んでべろんべろんになってたの?」
「下らない言うな!」
「だって、」
笑いが堪えきれない。くつくつ笑いを噛み殺しながら、司は浩太を覗き込んだ。
「そもそも、恋心と友情は別でしょ?」
「そりゃそうなんだが」
「それに僕らは現場で知り合って、なんだかんだ気が合って今に至るワケだし。仕事と関わりない場所で関係築いた組と感じ方が違うのは当たり前だよ。僕らが現場を否定するってことは、出会いそのものを否定するってことにもなるし」
「そう、なんだよなぁ……」
「だいたい、僕らの間で『怪我して欲しくないから』を言い出したらキリがないよ。君、僕に手加減して戦って欲しいの?」
「それはダメだ! そんなことしたら怒るぞ!」
「ほらー。言っとくけど、君が手加減するのもダメだからね。これで毎回、君とやり合うの楽しみにしてるんだから」
偽りのない本音を告げると、浩太の顔がぱあぁっと輝いた。互いの組織が凌ぎを削り合って三十年。戦闘スタイルが多様に変化し、今や武器使いが当然となった時代に、敢えて素手での戦闘にこだわり抜いている自分たちは、お互いに唯一無二の好敵手だ。最近は自分たちの戦闘が一般にも注目されつつあるらしく、互いのシフトは大抵被る。もちろん全部ではないけれど。
「そういやお前、あの蹴り! 新しい型だよな?」
「あ、分かった? 先輩のスタイル盗んで、ちょっと自分流にアレンジしてみたんだ」
「ギリで避けたけど、くらってたらヤバかったぜ」
「それを言うなら、君のひねり突きだって」
「よく言う、余裕で流したくせに」
楽しそうな二人に、店内整理を終えたらしい純がカウンターに入り、いそいそと料理を盛り付けている。
隣で見事な包丁さばきを見せる父親へ、ひそひそ声で問いかけた。
「で、浩太さんと司さんの所属と、次の試合の会場、分かった?」
「馬鹿言ってないで、盛り付けに集中しろ」
普通の勤め人では到底上がれない時間から居酒屋に入り、楽しそうに格闘談義をしながら互いの戦闘スタイルに意見し合っている二人を、純はプロの格闘家だと思い込んでいる。
ヒーロー派遣会社『ガーディアン』所属、ヒーロー名『ストリーム・レッド』――本名、山上浩太と。
悪の秘密結社『ビリーフ・システム』所属、怪人名『グレイガンダー』――本名、赤瀬司。
――定時退社後の二人の日常は、概ねこんな感じである。




