第六景「また、明日」
第一幕「雨の東京で」
第六景「また、明日」
「どうしたんすか? さっきからボーッとしちゃって」
胸が跳ねた。
休憩スペースに居た悠吾に、一つ下の後輩の湊快が声をかけてきた。
快は悠吾の隣に座りながら、手にしていた缶コーヒーを差し出した。
「……俺、ボーッとしてた?」
缶を受け取りながら、悠吾は応えた。
「してました。思い切り。天井見てましたよ? ずっと」
快も自分のペットボトルを出した。
今日は朝からずっと落ち着かなかった。
この間のことがどうしても思い出された。
はっきりと覚えているわけじゃない。
でも、唇に残った熱さと、扉が閉じた音。
それだけは、やけに記憶に残っている。
膝の上に持っている缶コーヒーを、悠吾は見つめていた。
「なーんすか、恋の悩みですか?」
ガタッ!
思わず、椅子からずり落ちそうになった。
「……え、マジすか」
快が、じっとこちらを見てくる。
「悠吾さんに恋バナとか、明日は雪ですね」
そう、茶化すように快は笑う。
「……こっちは真面目に悩んでんだよ」
「すみません。で、相手は?」
-☂️-
「え!? 大空さんに、キスされた!?」
悠吾は慌てて快の口を手でふさいだ。
周りを見ても、誰も居ない。
「馬鹿! 誰かに聞かれたらどうするんだ!」
「す、すみません、つい……」
塞いでる手を引き剥がして、快は続ける。
「いや、だってそれ……彼女、悠吾さんのこと……」
「……やっぱり、そう思うか?」
俯いた悠吾は、横目で快を見る。
「そりゃ、そうでなきゃ……」
快は飲み物を一口飲んで受け答える。
「……だよな」
悠吾は更に俯いた。
「……悠吾さんは、どう思ってるんすか?」
そう、ずっと考えてた。
何で自分なんだと。
これから、どんな顔して向かい合えばいい?
そんな悠吾を、快はしばらく見ていた。
「まあ、大空さんの気持ちはどうあれ」
快は手にしたボトルをくしゃっと潰した。
「それは先輩の問題っすね」
そういって立ち上がり、ボトルをゴミ箱に捨てる。
「先輩も、もう一度きちんと、向き合ってみたらいいんじゃないすか」
快は手のひらをひらひらさせながら立ち去っていった。
取り残された悠吾は、手元の缶コーヒーをまだ見ていた。
-☂️-
自席に戻ると、いつも通り未来が仕事をしていた。
この間のことなんて、まるで本当に夢だったんじゃないかと思えてくる。
彼女はマグカップでお茶を飲んでいた。
未来の唇が、目に入った。
ほんのりピンクがかったそれは、艶を帯びていた。
悠吾は、つい視線を逸らした。
「あ、雨宮さん」
未来は悠吾に気づくと声を掛けた。
「な、何?」
「私、そろそろ上がりますね。雨宮さんは残業でしたよね」
「あ、ああ、うん。そう」
悠吾は席についてPCの画面を起こす。
「それじゃあ、また明日もよろしくお願いします」
未来は丁寧にお辞儀をする。
「……また、明日」
オフィスルームの出入り口に向かう姿を、悠吾は見届けた。
ふと、ドアをくぐる瞬間、未来がこちらを見た。
黒い睫毛の下のその瞳は、わずかに憂いを帯びていた。
それは、ただの一瞥だったのかもしれない。
でも、その一瞬の視線が、悠吾の目に焼き付いた。
悠吾は、PCに向かって、キーボードを叩き出す。
しかし、すぐに手が止まった。
オフィスルームの電灯が、一瞬小さな音を立てて明滅した。
隣の席の空いた椅子を、悠吾はしばらく見ていた。




