第二景「缶コーヒーの温もり」
第一幕「雨の東京で」
第二景「缶コーヒーの温もり」
悠吾は、今日もオフィスの自席から、窓の外を見ていた。
薄暗い雲が、重そうに垂れ込めている。
今年の梅雨は長くなりそうだと、予報士が言ってたっけ。
隣の席に視線を移す。
まだ、彼女の姿は見えない。
綺麗に整えられたデスクの上を見て、その横顔を思い出していた。
「おはようございます」
声が聞こえた。
ただの挨拶のはずなのに、はっきりと悠吾の中に残った。
未来がオフィスの入口をくぐり、そのまま真っ直ぐに自分の隣のデスクに向かう。
「おはようございます、雨宮さん。今日もよろしくお願いします」
未来は丁寧にお辞儀をする。
「あ、おはよう……」
悠吾はつられて頭を下げた。
-☂️-
「大空さん、今日やってもらうことなんだけど……」
悠吾は隣の未来に声をかけた。
「はい、なんですか?」
未来の瞳が、悠吾に真っ直ぐに向けられる。
「……昨日のミーティング内容を、芹沢さんのところに送ってほしいんだ」
悠吾はPCを片手で操作する。
少しだけいつもより動きがぎこちなくなった。
「書式は以前のデータがあるから、それ通りに作ってもらえれば……」
言いながら、未来のPCの画面にチャットのログやデータを表示する。
「わかりました。やってみます」
-☂️-
「大空さん、さっき送ってもらったデータなんだけど」
芹沢志保せりざわしほが未来のところにやってきて、出力された用紙を見せる。
「この書式、もう使ってない古いやつなのよ」
志保は用紙のマーカーのされた箇所を指さす。
「新しい書式に直して、もう一回出してくれる?」
「も、申し訳ありません」
未来は立ち上がって頭を下げる。
「ちゃんと、先輩にきちんと聞かなきゃ」
そう言って、今度は悠吾を見てくる。
「あんたもあんたよ。最初にきちんと教えたの?しっかりしてよね」
-☂️-
廊下の自販機で、悠吾は缶コーヒーを一つ買った。
缶を片手にもって、少しの間考えて、もう一度ボタンを押す。
一つ多い缶コーヒーを、少しだけ隠すように持つ。
自席に戻ると、未来はまだ俯きがちだった。
悠吾に気付くと、顔を上げてこちらを見た。
「……すみませんでした。私、どのデータが最新のものか判断つかなくて」
「いや、俺の指示も曖昧だったよ。すまない」
「でも、ちゃんと聞くべきでした……」
また、未来は俯いてしまった。
悠吾は未来のデスクに缶コーヒーを一つ置いた。
「……飲む?」
未来は、置かれた缶を両手に取って、少しきょとんとしていた。
「……もしかして、コーヒー駄目だった?」
「あ、その、実は……」
「あー…いや、こっちこそ、聞きもしないで勝手に……」
悠吾は慌てて缶に手を伸ばそうとする。
けれど、未来はその缶をもったまま、くすっと笑った。
「……何か、可笑しかった?」
悠吾は少し戸惑いながら聞いた。
「……いえ、すみません。…雨宮さんって、優しいんですね」
そう言って、未来はこちらを見て微笑んだ。
悠吾は、何故か視線を外して、窓の外を見た。
気のせいか、オフィス内が少しいつもより暑く感じる。
手の中の缶コーヒーを、悠吾はすぐに飲めずにいた。




