第二十三景「遠花火」
第四幕「真夏の一月」
第二十三景「遠花火」
夕暮れ時。
薄い橙の空に、ビルのシルエットが立ち並ぶ。
振り返るとスカイツリーが自分を見下ろしている。
悠吾は地下鉄の出口を出ると、少し眩しそうにそれらを見ていた。
夏の熱気の中で、沢山の人が目の前を行き交う。
下駄がカラコロと鳴る音や、遠くのお囃子の音が混ざり合う。
「遅いっすよ!先輩」
雑踏の中から快が現れた。白縞の浴衣に団扇を持っている。
「悠吾さん、私服じゃないっすか。折角の花火大会なのに?」
「あ、いや、俺浴衣持ってなくてさ……」
「ま、いいか。ほら、他の皆は既に集まってますよ」
促されて、快の後をついて行く。
少し開けた場所に出ると、社の若手数人が溜まっていた。
近づきながらメンバーを確認しつつ、視線を動かす。
ちらほら私服仲間がいて、少し胸を撫で下ろす。
男性陣から隣の女性陣を見る。
未来が、いた。
「……!」
悠吾は、一瞬息が止まった。
黄昏時の淡い空を背景に、白い姿が一際浮いて見え、悠吾は目を奪われた。
白く華奢な身体に、白地の浴衣。
紅い金魚の紋様が艶やかに彼女の身体を泳いでいた。
未来がこちらに気づいた。
少しだけ、気まずそうに。
「あ、あの…こんばんは……」
「……こんばんは」
悠吾は、呆けた顔でそれだけを言った。
「悠吾さーん、こんばんは!」
突然横から声を掛けられて、我に返る。
茉夏が駆け寄ってくる。
「一ノ瀬さん、こんばんは」
「どうです?浴衣、似合ってます?」
そう言って、茉夏は目の前でくるっと一回転してみせる。
「ああ、いいんじゃない?一ノ瀬さんらしい」
「ほんとーですかー?良かった、これにして!」
ふと横を見ると、未来が背中を向けて他の女性と話をしていた。
-☂️-
花火が上がる音が聞こえた。
空を見ると夕闇の中に、一輪二輪と光の華が咲いている。
雑踏を進むと、風に乗って仄かに火薬の匂いが交じる。
屋台が立ち並ぶ道に入ると、雑踏は更に激しさを増す。
食べ物が焼ける匂い、笑い声、上空の花火の音。
悠吾は久しくこんな空気を味わっていなかった。
そう言えば、子供の頃はお祭りなんかによく行ってたっけ。
一つ一つ屋台を見ていた。
その中に、悠吾はひもくじの店を見つけた。
「悪い、先行ってて」
「え、悠吾さん?!」
流れに逆らうように、悠吾は列を抜け出していた。
懐かしい。
子供の頃、どうしても欲しい景品があって、親に駄々をこねたっけ。
「おじさん、一回いい?」
「あいよ、300円」
小銭を渡して、紐の束を見る。
どれがどの景品に繋がっているのかなんて、分かりもしないのに。
紐を探って、一本だけ選んで引いてみる。
「はい、おめでとう」
渡されたのは、なんの変哲もない玩具だった。
流れ星のキーホルダー。
悠吾は手で摘んで、下から覗く。
花火の光を受けて、星は様々な色に変化する。
少し眉を寄せて、手で握る。
-☂️-
先に行ってしまったメンバーを追うように、悠吾は雑踏をかき分けていく。
その時、長い列から逸れるように、道の端に白い立ち姿が見えた。
未来だった。
周りを見ると、社の仲間の姿は見えない。
一人きりのようだった。
悠吾は手の中のキーホルダーを見た。
それから、雑踏を抜け出した。
「大空さん」
一瞬、びっくりしたように未来が振り返る。
「……あ、雨宮、さん」
「……皆とはぐれたの?」
「え、あ、はい……少し、迷ってしまって」
「……」
「……」
少し間が空いた。
花火の光と音が、二人を包む。
悠吾が口を開く。
「あー、あのさ…これ、いる?」
握っていたキーホルダーを未来の前に差し出す。
未来はそれを両手で受け取った。
「これは……?」
「願い、叶うらしいよ」
目を細めて、悠吾は微笑んだ。
「……ありがとう、ございます」
「……大空さ——」
言いかけた時、突然、背後から腕に手を回された。
「居た!悠吾さん!」
茉夏だった。
「もー、急に居なくなるから心配しましたよ?」
「ご、ごめん」
茉夏は悠吾を引っ張っていこうとするが、すぐに立ち止まる。
「痛ッ!」
茉夏が屈みながら、足元に視線を下ろす。
「どうした?」
「足が……」
悠吾は茉夏の前に膝をついて、その足元を見る。
「草履で靴擦れでも起こしたかな…見せて」
「あ、ありがとうございます」
「うん、赤くなってるだけで、大したことないよ」
立ち上がると、未来の姿が見えなくなっていた。
「——大空さん!?」
「あ、悠吾さん!」
悠吾は背中越しに茉夏の声を聞きながら、走り出していた。
-☂️-
雑踏の流れに逆らうように、悠吾は未来を探した。
観衆が大きく歓声を上げる。
背中では花火の音が盛り上がっている。
肺に熱い空気が入ってくる。
進んでも進んでも、白い姿が見えない。
歓声が更に大きくなる。
花火のフィナーレが、無情にもその時を告げる。
悠吾は道の真ん中で立ち尽くしていた。
バラバラと、柳花火の流れ落ちる音が聞こえた。




