第二十四景「窓辺の席」
第四幕「真夏の一月」
第二十四景「窓辺の席」
空は白く、薄暗い雲が覆っていた。
木製のドアを開けると、小さな鈴の音が頭上で響く。
店の奥、大きな窓ガラスを目印に真っ直ぐ進む。
革張りの深めのソファに、古い木製テーブル。
テーブルの天板を、そっと指でなぞる。
壁のステンドグラスのペンダントライトが、どこか温かい光を落としていた。
久しぶりに座ってみる。
けれど、不思議と馴染んだような感覚もあって、零は少しだけ苦笑した。
店主はまだ、何も聞いてこない。
零は、以前していたように、窓の外を見ていた。
-☂️-
雨が、降ってきた。
ポツリポツリと降り出したそれは、次第に雨量を増し、服や髪を徐々に濡らしていく。
悠吾は街中を小走りで彷徨っていた。
少しだけ、憤っていた。
昨晩の消化不良を晴らすため、気分転換に出かけたのに、この雨だ。
空から降る雨を睨みつつ、辺りを見回す。
小さな古い店がいくつか立ち並ぶ。
その中の一角に、こじんまりとした古い喫茶店があった。
不思議と、悠吾はその佇まいに惹かれた。
雨も凌げる。
そんな軽い思いも手伝って、悠吾はいつの間にかドアをくぐっていた。
小さく、鈴がなる。
店内は落ち着いた内装で、古めかしいレコードの音と、コーヒーの豆の香りで満たされていた。
客は殆ど入っていなかった。
だから、奥に座っている人に嫌でも目がいった。
悠吾の胸がぎくりとなった。
あの金茶の髪、整った顔立ち。
——神城零。
窓辺に座るその佇まいが、まるで一つの絵のようだった。
コーヒーに口をつける所作をゆっくりと見ていた。
そして、悠吾は気づいてしまった。
グレーの瞳が、いつもと違って、どこか寂しそうな色をしていることに。
「お客様、よろしければお好きなお席へどうぞ」
店主の声がカウンター横から飛んできた。
「あ、はい」
思わず応えた。
その時、零が、こちらを見た。
最初は一拍、目を見張って。
けれど、次の瞬間には、悠吾の知っている目に戻っていた。
「……やあ、雨宮くん。奇遇だね」
「……どうも」
「ここ、座ったら? 丁度話し相手でも欲しかったし」
さらりと、冷ややかな目で言う。
悠吾は少しだけ眉を寄せて、無言で向かいの席に座った。
-☂️-
「雨宮くんたちのお陰で、プロジェクトも滞りなく進んでいるよ」
「それは…良かったです……」
悠吾は自分のコーヒーに口をつけながら、応える。
「MER:AIさんは優秀な方が多くて助かる」
そう言って、視線を下げてコーヒーのカップに手を伸ばす。
「……ここ、よく来るんですか?」
悠吾はその手を見ながら言った。
零の手が、止まった。
「……そう、見えるかい?」
「ええ、まあ、なんとなくですが」
零は窓の外に視線を移して言った。
「まぁ、たまたまだよ……」
視線が悠吾の方に戻る。
すっと、目を細めてほくそ笑む。
「未来は、元気にしてる?」
グレーの瞳が冷たくまっすぐこちらを見てくる。
悠吾の、膝の上の手がぴくりと動いた。
「そんな、回りくどい言い方しなくても、分かってますよ」
悠吾はテーブルに視線を落としながら、言った。
「大空さんにとって、あなたがどれだけ大きかったか。見れば、分かります」
零は、ほんの少しだけ意外そうな顔をする。
「へぇ……未来と、何かあったんだ」
悠吾は思わず顔を上げた。
お互いの視線が、正面からぶつかる。
「……そうか、でも」
零は目の前で手を組み直す。
「そんなに簡単にいなくならないよ、俺は」
「分かってます。でも——」
悠吾はカップの残りを呑み込んで、席を立ち上がる。
「今すぐじゃなくたっていいんです。いつか、絶対——」
零を見下ろして、悠吾は言った。
「俺、大空さんが好きです」
零の目が、見開いた。
「これ、コーヒーのお代です」
テーブルにお金を置いて、悠吾は一度頭を下げる。
「今日は、ここで失礼します」
そう言って、悠吾は扉をくぐっていった。
店内に、鈴の音が響く。
零が、窓の外に目をやると、まだ雨は降っていた。
彼の走っていく後ろ姿が見えた。
コーヒーのカップに手を伸ばして、口をつける。
気がつくと、いつの間にかそれは冷えていて、渋みを増していた。
それでも。
零は一度笑ってから、カップの中を飲み下した。




