↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Rainy Tokyo☂️-レイニートウキョウ-  作者: 冬瀬澪
第四幕「真夏の一月」
23/25

第二十二景「冷たい部屋」

第四幕「真夏の一月」



朝から沢山の社員の熱気を、空調の風が冷やそうとしていた。

広いオフィスルーム内に、大きな窓から陽の光が入ってくる。


零は、部屋の隅の一回り大きなデスクの前に立っていた。

目の前には革張りの椅子に座った上司。


いつもの涼しい微笑を、零は浮かべていた。


「神城くん。昨日の案件だけど、仕様変更ならリスケした方がいいんじゃないの?」


机にポンと書類を置かれる。


「…部長のご懸念はもっともですが、そこを外すと九月には間に合いません」


零は表情を崩さず続ける。


「僕の方で調整は続けます。ご安心を」


「ふむ…。で、MER:AIさんの方は?」


「はい、こちらは現在予定通りに結合テストに入っています」


「そうか、ま、君なら問題なくやってくれるだろう。引き続き任せたよ」


「ありがとうございます」


そう言って、零は一度頭を下げて自席に戻る。


プロジェクトのメンバーが慌ただしく動いている。

直ぐに零の側に若い男性社員がやってくる。


「リーダー、すみません。この間のクレームの件で先方が……」


頭を下げて申し訳なさそうに言葉を濁す。


「ああ、大丈夫。そこは僕が話をつけておくから」


零は言いながら若い社員の背中を軽く支える。


「あ、ありがとうございます!」


「無理はしないでくれ。フォローはするから」


「はい!」




-☂️-




応接室の向かいのソファに、40代ぐらいの女性が表情をこわばらせて座っている。


「今回は、大した障害にならなくて済みましたけど……」


女性はその目に苛立ちを隠そうともしない。


「AIONさんにしては珍しいミスじゃなくて?」


零は深々と頭を下げる。


「申し訳ございません。ご指摘痛み入ります」


顔を上げる。


「今、弊社でも全力で対応しております」


零は表情を一変させた。

女性の目をまっすぐに見るように、笑った。


「柳様のご負担を少しでも下げられるよう、努めさせていただきますので」


目の前の女性は目を丸くした。


「そ、そう言っていただけるのであれば、もう少しお待ちしますわ」


「寛容なお言葉、感謝いたします」


零はもう一度頭を下げた。




-☂️-




少し息を吐いてから、零はエレベーターに乗った。

壁際の鏡面に、自分の立ち姿が映る。


金茶の髪、グレーの瞳、他人からは羨望の眼差しを向けられる容姿。


けれど、零は目を背けた。

母の姿をそこに重ねたから。


エレベーターのドアが開く。鏡面には零の背中が映り、遠ざかっていく。




-☂️-




巨大なオフィスビルを出て、零は一人夜道を歩く。

生ぬるい風が通り過ぎ、夏の不快感が浮き立つ。


向かいから、数人の男性が歩いてくる。

様子から、少し酔っているようだ。


「マジで俺は言ってやりたいね!自分のやりたいようにやれって」


管を巻くように他の男に向かって言う。


「後悔だけはすんなよって、思うのよ!」


すれ違った。

背中越しに、男たちの笑い声が聞こえる。


立ち止まって、空を見上げる。


月の輪郭がぼんやりと滲んで光っている。


目を細めて、一人呟いた。


「……そんな風に生きられたら、楽なんだろうな」




-☂️-




マンションの自室の玄関を開ける。


中は、もちろん暗い。


零は部屋に入ると、まっすぐにキッチンに向かった。

グラスを一つと、冷蔵庫からボトルを一本取り出す。


グラスに氷を落とす。冷たく乾いた音が静かな部屋の中に響く。

琥珀色の酒を注ぎ、零はその表面に視線を落とした。


座りもしないで、その場で一口流し込む。

グラスを置くと、カランと、また乾いた音が鳴る。


ポケットに手を入れると、零の手に固いものが触れる。

取り出すと、それは部屋の合鍵だった。


挿絵(By みてみん)


零はその合鍵を見つめ、握ってから、もう一度ポケットにしまった。



グラスを持ってリビングのソファに座る。

ソファから見える窓の外の夜景を、しばらく見ていた。


遠い都会の光が零の瞳に映る。


ふと、ソファの空いたスペースを見る。


昔、一度だけ零したことがあった。




—時々、息苦しくなるよ。仕事も家のことも、ただ、離れたくなる—


—……大したアドバイスなんて私には出来っこないけど—


彼女は隣に座って言った。


—私は…いつも側にいるよ—




零のグレーの瞳が一瞬揺れた。

口を開きかけた瞬間、スマホの着信が鳴った。


画面の表示を見て、零は立ち上がった。


リビングの窓際に立ち、街並みを見下ろしながら電話に応じた。


「……お元気そうで何よりです。なかなか、家に帰れずにすみません」


「はい…心配は無用です。仕事の方は順調です」


「ええ。……はい、期待に応えられるよう、これからも努めます」


ピっと通話を切る音が小さく鳴る。


零はテーブルに置いたグラスを取って、琥珀色を一気に飲み下す。


グラスを置いてそのままその場を離れる。

ソファを通り過ぎて、真っ直ぐに。


グラスの中の氷が、溶けて水になっていく。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。