第二十一景「宵の熱」
第四幕「真夏の一月」
「えー、本日は一ノ瀬茉夏さんの歓迎会にお集まりいただき、誠にありがとうございます!」
快がグラスを持ってテーブルの皆に向かって言う。
そういうのいいから、と周りの男たちは笑いながら騒ぐ。
茉夏はそんな様子を内心冷めた目で見ていた。
「たまにはいいじゃないすか、こんなのも!」
と、先輩社員たちに向かって快は白い歯を見せている。
「じゃ、まぁ折角なので、皆さん楽しんで下さい!乾杯!」
グラスを重ねる音が半個室の部屋に響く。
途端に、茉夏のテーブルが賑わう。
茉夏は男たちに質問攻めに遭う。
何を注文する?から始まり、普段何してるの?好きな異性のタイプは?まで。
あー、やだやだ。始まった。
心の中で茉夏はそんな男たちに向かって、しっしっと手を振っていた。
「ストップ、ストーップ!」
快が割り込んでくる。
「一ノ瀬さんは一人だけなんだから、順番に順番に」
意外そうな顔をして茉夏は快の顔を見る。
「幹事さん、気が利くんですね。ありがとうございます」
そう言いながら、茉夏は快を上目遣いで見てみる。
「そう?ま、女性の少ない職場だからね」
はは、と快は笑うが、視線が合わない。
ふーん…。
茉夏は、そんな快を黙って横目で見る。
-☂️-
テーブルに、空いたグラスや食器が積まれていく。
賑やかな空間は時間とともに雰囲気もくだけていき、席の移動も多くなってくる。
茉夏はようやく悠吾の隣を確保した。
「悠吾さん、こんばんは」
「あぁ、どう?…楽しんでる?」
「えぇ、皆さんのお陰で」
卒なく笑う茉夏。
「……そう」
悠吾は自分のグラスに視線を落とす。
グラスは既に空いていて、ほんの少しテーブルに水滴が落ちていた。
「悠吾さんは、楽しめてます?」
茉夏は悠吾の顔を見て窺う。
「ん?……少し、考え事しててね」
そう言って、悠吾は立ち上がる。
「ごめん、ちょっと外の空気に当たってくる」
悠吾の足元が少しおぼつかない。
「え、大丈夫ですか?」
そう言って、茉夏は悠吾の背中を支える。
「……ありがとう」
-☂️-
階段の踊り場で、茉夏と悠吾は外の景色を見ていた。
風が涼しい。
踊り場のドアの向こうでは、相変わらず賑やかな声が漏れてくる。
「皆さん、楽しそうですね。わたしも凄く良くしてもらっちゃって……」
そう言って、茉夏は笑って悠吾を見た。
悠吾の視線がまっすぐにこちらを向いていた。
笑うでもなく、咎めるでもなく、静かに。
茉夏は一瞬、胸が鳴った。
「一ノ瀬さん、無理してない?そんな風に誤魔化さなくていいのに……」
「え……」
悠吾は少し酔いでほころんだ顔を向けて言う。
「俺で良ければ、嫌なことあれば言ってくれていいから」
そして、軽く口の端が上がる。
「いつでも、話聞くよ」
「……はい」
風が吹いた。茉夏の髪が揺れる。
「……じゃあ、俺席に戻るね」
悠吾は片手を上げて、ドアをくぐって行った。
茉夏は胸の前できゅっと手を握っていた。
-☂️-
未来は、悠吾と茉夏が席を立っていったのを、奥の席から見ていた。
テーブルに箸をそっと置いて、手を軽く握っていた。
快が側を通り、足を止める。
「大空さん?大丈夫?」
「あ、はい……大丈夫、です」
快が突き当りのドアの方に目をやる。
「……行かなくていいんすか?」
「え、でも、私は……」
それ以上のことが言えず、未来は俯いていた。
顔を上げると、快はもういなくなっていた。
-☂️-
未来は突き当りのドアの前に立っていた。
ドアノブに手をやろうかどうか迷ったその時、小さく聞こえてきた。
「一ノ瀬さん、無理してない?そんな風に誤魔化さなくていいのに……」
少し間を空けて。
「俺で良ければ、嫌なことあれば、言ってくれればいいから」
未来は目を見開いた。
ドアが開く。
開いたドアの影に咄嗟に身を隠す。
悠吾がそのまま個室へと向かっていく。
未来はその背中に言葉をかけようと前にでる。
瞬間、ドアが開いて茉夏が出てきた。
茉夏は未来に気づくと口を開いた。
「……なに、あんた聞いてたの?」
少しだけ茉夏の視線がきつい。
「大空さんってさ、悠吾さんのこと苦手なの?」
「……え」
「だって、なんかいつも悠吾さんのこと避けてるじゃん」
「そ、そんなわけじゃ…ないですけど……」
「ふーん……」
茉夏の視線が突き刺さる。
「でもまぁ。あんたが興味がないなら……」
茉夏の口の端が上がる。
「あたしがもらおっかな」




