第二十景「夏の始まり」
第四幕「真夏の一月」
第二十景「夏の始まり」
「一ノ瀬茉夏です。一ヶ月お世話になります」
茉夏は課の皆の前で、深々とお辞儀をした。
顔を上げて、目を細めて笑う。
「一ノ瀬さんは、うちの課で短期研修を受けてもらうことになっている」
課長の紹介が続く。
窓からは、夏の強い日差しが入っていて、茉夏のその笑顔を照らしていた。
その笑顔に、オフィスルームの男性職員たちが色めき立つ。
茉夏はそんな男たちを一人一人見ていた。
…60点。…85点、うーんまぁまぁ? あー、これはありえない。
そんなことを思いながら、視線を滑らせていく。
朝礼の群れから外れるように、一人男性が立っているのを茉夏は見つけた。
黒髪に、眼鏡。
他の男性群が騒いでいるのに、その男だけまるで違う方向を見ていた。
茉夏はその視線の先を追ってみた。
少し離れた場所の女性。
長い黒髪、白い肌。儚げな表情。
茉夏とは正反対といってもいいタイプだった。
へぇ…。
室内のエアコンの冷えた風が、茉夏の髪を撫でる。
-☂️-
課長に連れられて、窓に近いデスクの傍らに茉夏は立っていた。
目の前には、さっき見た眼鏡の男。
「こちらが教育担当の雨宮悠吾くん。一ヶ月君を見てもらうことになったから」
茉夏は心の中で笑った。
「よろしく、一ノ瀬さん。短い間だけど頑張ろうね」
男は少し硬い表情で口の端を上げていた。
「はい、よろしくお願いします。悠吾さん」
茉夏は上目遣いで言った。
-☂️-
悠吾は気づかれない程度に、息を漏らした。
デスクの上のペットボトルを取って、一口飲む。
横目で隣のデスクの未来を見る。
一瞬、彼女と目が合うが、すぐに逸らされる。
あの夜の別れから、数日。
ずっとこんな感じだった。
悠吾は握った拳に少し力を入れる。
思い切って未来の方に向き直った。
「あの、大空さ——」
「すみませんー、悠吾さん」
突然声が割り込んできた。
茉夏が上半身を屈めるように側に立っていた。
「あのー、頼まれていたデータ処理なんですが、チェックしてもらっていいですか?」
茉夏は悠吾を覗き込むように言う。
妙な距離の近さに、悠吾は少しだけたじろぐ。
「あ、ああ…見せてくれる?」
悠吾は茉夏からプリントを受け取る。
「……」
ゆっくりと上から内容を確認していく。
「うん、大丈夫。一ノ瀬さん、飲み込み早いね」
そう言って悠吾は茉夏にプリントを返す。
「良かった!ありがとうございます!」
胸の前でそのプリントを抱えて、ニコッと笑う。
「わたし、これからも頑張りますね!」
そう言って、茉夏は軽い足取りで去っていった。
悠吾は一度ため息をついた。
ふと隣のデスクを見ると、未来の姿が見えない。
席から立ち上がって室内を慌てて見回すと、未来が出入り口の方に向かっているのが見えた。
未来はこちらを見ることなく、扉をくぐっていった。
「あ……」
伸ばしかけた手が、宙で項垂れる。
窓からは相変わらず強い日差し。
デスクの上のペットボトルの表面の結露を反射している。
雫が一つ二つと、垂れていた。
冬瀬澪です。
第四幕「真夏の一月」が始まりました。
季節は一転、盛夏へと移っていきます。
降り続けていた雨は一旦止み、照りつける太陽と共に表れた新キャラクターの「一ノ瀬茉夏」
悠吾と未来がすれ違う中、彼女の参戦によって熱い一夏となりそうです。
それでは引き続きよろしくお願いします。




