第十四景「屋上の星」
第三幕「熱に滲む夏」
第十四景「屋上の星」
悠吾はオフィスの自席でずっと俯いていた。
夜も20時を回ったぐらいか。
オフィスルーム内には人はまばらにしかおらず、PCの画面の光が、ただ悠吾を白く照らしていた。
正直昼間の打ち合わせの間、自分が何を話したのか、何を聞いたのか、あまり良く覚えていなかった。
悠吾は椅子に寄りかかって天を仰いだ。
奥歯を噛み締めて、じっと天井の電灯を見つめていた。
「らしくないですよ、先輩」
背後から声を掛けられて、悠吾の肩が震えた。
振り向くと、そこには快がいた。
「……何だ、お前か」
「何だじゃないでしょ」
苦笑する快。そして、悠吾に向かって言った。
「……少し外に出ませんか?」
-☂️-
会社の屋上に出ると、眼下に夜景の光が眩しく広がっていた。
悠吾はそれを、目を細めて見ていた。
昼間の蒸し暑さが一転して、風が少し肌寒いくらいだった。
「流石に、見えないっすね」
快が空を見上げながら言う。
言われて、悠吾も空を見る。
「あの辺に、蠍座…夏の大三角形…そして天の川」
快は屋上の柵に寄りかかりながら、空を南から東へと指を移動させる。
「本当はすげー景色が広がってるんだけどなー……」
遠い目をしながら穏やかに快は言う。
悠吾もまばらに微かに見える星に、目を凝らす。
「……何か、あったんすか。大空さんのことで」
悠吾は空から快へと視線を下ろす。
「…お前、そういうことには敏感だよな」
その言葉を受けて、快が屈託なく笑う。
一度息を吐いてから、悠吾は言葉を探す。
「俺さ、自分に対して、多分凄い腹立ててるんだ……」
屋上の柵に両腕を乗せて寄りかかり、眼下の光を見る。
車のテールランプの流れが、帯のようになっている。
「何にも出来なくて、はっきりも言えなくて」
「……」
快はそんな悠吾の顔を静かに見ていた。
「悠吾さんが、そんな風に感情的になること自体、珍しいんじゃないですか?」
「……え?そうか?」
「そうっすよ。……それが大空さんに関することなら尚更」
快は柵から離れ、背筋を伸ばす。
「詳しいことは聞きませんけど…それって十分"特別"なんじゃないすか?」
そして、まっすぐに言う。
「自分で、気づいてないだけっすよ」
-☂️-
快が帰ったあとも、悠吾は一人、屋上で空を見ていた。
冷たい風が悠吾の頬を撫でる。
相変わらず、星なんてほとんど見えなかった。
—十分"特別"なんじゃないすか?—
都会の渦巻くような光で、消される星。
でも、それは自分の上に確かにあって。
悠吾は、空を見上げて一面の天の川を想像した。
ベガ、アルタイル……。
そう言えば、今日は7月7日だっけ。
見えない星を見続けて、悠吾は呟いた。
「単純なこと、だったんだな……」
少しだけ口元が緩んだ。
悠吾は、その場でしゃがみこんだ。
そして、ポケットからスマホを取り出す。
しばらくスマホの画面を見つめてから、文字を入力し始める。
〈この間のこと、謝りたい。この後会えないかな〉
送信ボタンを押して、しばらく待ってみる。
スマホの画面をもう一度見るが、既読がつかない。
画面に、一滴雫が落ちた。
見上げると、空が暗い雲に覆われていた。
悠吾の頬にも一滴、二滴と当たる。
東京の夜に、冷たい雨が降り始めていた。




