第十二景「冷たい夜」
第二幕「零れる過去」
第十二景「冷たい夜」
窓の外は一面、都会の夜景だった。
人工の光が、そこかしこに煌めいて、まるで空の星を落としてきたみたいだった。
外の景色はこんなにも綺麗なのに、悠吾の胸の中はずっとざわついていた。
都内のホテルの最上階のラウンジに、悠吾と未来はいた。
そして、目の前には——神城零。
「零さん…すみません。今日は、ご馳走になってしまって」
未来は申し訳なさそうに言った。
「いや、いいんだ。君たちのお陰で、いい商談にもなったしね」
零はそう言って、こちらをちらりと見る。
「こっちから誘ったんだ。遠慮しないでくれ」
悠吾は居心地の悪さに、食事の味など全く覚えていなかった。
少しの間沈黙が続いた。
零は静かにこちらを見ていた。
沈黙を破るように、未来が口を開いた。
「あの、それじゃあ私たち、ここで——」
「実は、話があってね」
零がその言葉を遮った。
「雨宮くんにも、是非聞いてもらおうと思って」
悠吾の胸の奥が、軋んだ。
「未来」
零の声が低く落ちた。
そして、まっすぐに未来を見据えた。
「俺たち、やり直さないか」
「……え」
未来の小さな声が聞こえた。
悠吾は、目の前の男が何を言っているのか一瞬分からなかった。
「あの時は、自分に余裕も力も無かった」
零は続けた。
「でも、今なら、今の俺なら、未来を幸せに出来る」
その声は真剣だった。
「——まっ…」
未来が困惑した声を出す。
「幸せにする自信が、ある」
「——待って!」
「だから、もう一度やり直そう」
「零さん——!」
未来の声が弾けた。
一瞬、空間が静まり返った。
「……」
沈黙が流れた。
未来は、肩を震わせながら俯いていた。
「……何で」
悠吾は、言いながら零を睨んだ。
「何で、俺がいる必要、あったんですか……」
膝の上で握られた拳が震えていた。
行き場の無い怒りのようなものが湧いていた。
零は、テーブルに両肘をついて悠吾と向き合う。
「……君、未来のこと、好きなんだろう?」
「……え?」
言われた瞬間、悠吾の中で何かが動いた。
「だから、俺にとって君は恋敵」
零は、冷たい目で悠吾を見据えていた。
「君にも、俺の本音を聞いておいてもらいたかったんだ」
「……」
悠吾は、ただ俯いて黙っていた。
零はテーブルからそっと立ち上がる。
そして、今度は未来に向かって言う。
「未来…今すぐに、返事をしなくていいよ」
零のグレーの瞳が、静かに微笑んだ。
「待ってる。いつまでも」
そう言い残して、零は去っていった。
未来は、ただただ、その場で震えていた。
-☂️-
ホテルを出て、悠吾は未来と二人で夜道を歩いていた。
未来の瞳が、涙で潤んでいた。
悠吾は、自分のハンカチを無言で差し出した。
「……ごめんなさい、こんなことになるなんて」
未来は、そのハンカチを両手でぎゅっと握りしめた。
「……いや、食事に誘われた時から、嫌な予感はしてたんだ」
「え……どういうこと、ですか」
未来が不安げな顔で聞いてくる。
「…初めて神城さんに会った時、言われた」
「……」
「神城さんと、大空さんが……付き合ってたこと」
未来が、ぴたりと立ち止まる。
それに合わせて、悠吾も立ち止まった。
—君、未来のこと、好きなんだろう?—
そんなことを、他人から言われるなんて思いもしなかった。
悠吾は、未来が隣にいるのを感じながら、どう言葉を繋げばいいのか迷った。
「……大空さんは、どうするの、その…返事」
「……!」
未来は少し睨むようにこちらを見てくる。
「なんで、そんな言い方するんですか……」
未来の瞳から、一筋涙が落ちた。
「私の気持ち、知ってるのに……」
未来は持っていたハンカチを突き返した。
「——失礼します」
そう言って、未来は夜の道を走って行った。
悠吾は突き返されたハンカチを見つめてから、強く握り締めた。
冬瀬澪です。
第二幕「零れる過去」終了です。
如何だったでしょうか?
未来の過去を知る男、神城零が嵐のように登場。
そして、二人の心をかき乱していきます。
次回、第三幕「熱に滲む夏」が始まります。
梅雨の雨から本格的に夏の嵐がやってくる。
是非楽しみにしていて下さい。




