第十景「密室での再会」
第二幕「零れる過去」
第十景「密室での再会」
未来は会議室を見回した。
部屋の中は少し暗くて見づらかった。
先程の打ち合わせで座っていた席の椅子を引き出すと、座面にスマートフォンが落ちていた。
「あった……」
ほんの少し安堵して、自分の鞄にスマホを仕舞う。
その瞬間、会議室のドアが開いた。
振り返ると、零がいた。
「神城さん!?戻ったんじゃ——」
「零でいいよ。昔みたいに」
零はそう言って未来に近づいた。
「変わってないね。元気にしてたかい?」
優しい声で未来に問いかける。
「……はい、零…さんも、お元気そうで何よりです……」
未来はぎこちなく応えた。
今になって、どう呼べばいいのか分からなかった。
「……驚きました。まさか、AIONで働いてたなんて……」
「俺も、驚いた。こんなところで未来に会えると、思わなかったから」
目を細めて、零は未来を見つめた。
未来はその瞳を覚えていた。
綺麗な吸い込まれるようなグレーの瞳。
「……雨宮君、だっけ。彼とは仲良いの?」
瞳の色が急に変わった。
「それとも、恋人?」
零が、未来の中を覗くように聞いてくる。
「ち、違います!雨宮さんとは、そんなんじゃ……」
未来は顔を紅くして否定した。
けれど、未来の言葉は最後まで出なかった。
「……そうか。じゃあ、俺の勘違いだった、かな」
口の端が上がっていた。
零は更に未来に近づいた。
「未来。あの時は、悪かったね……」
そう言って零は、未来の顔の横に手を伸ばす。
今度は、未来をまっすぐに見ていた。
そこにさっきのような笑顔は無かった。
長い髪を、優しく触られる。
そのまま、流れるように、耳たぶに指を這わされた。
その指は、ひやりと冷たかった。
「……んっ」
未来は思わず小さく反応する。
「…相変わらず、ここ、弱いんだ」
零の低い声が、近くで聞こえる。
未来は紅く染まる頬を手で押さえて、思わず視線をそらす。
「また、次の打ち合わせの後に、久しぶりに食事でもどう?」
零は未来を見下ろしながら言う。
「彼も、一緒に」
一段低い声で、零は言った。
「……何を、言ってるんですか」
未来は湧き上がる憤りを呑み込んだ。
零のグレーの瞳が、未来を見下ろす。
まるで、何もかも知られているみたいな気持ちになる。
零は、すっと後ろに一歩引いた。
「……彼を待たせすぎてはいけないね。そろそろ戻ろうか」
柔らかい笑顔に戻っていた。
-☂️-
悠吾はロビーで、一人ソファに座って待っていた。
零の冷ややかな視線が忘れられない。
—文字通り、付き合ってたんだ—
悠吾の中で、ざわつきが大きくなる。
……なんで、こんな気持ちになるんだ。
膝の上で握った拳に力が入る。
「お待たせしました」
ふと、零の声が横から飛んできた。
声の方を見ると、零と未来が並んで歩いていた。
未来は俯きがちで、その瞳はわずかに潤んでいるように見えた。
未来の手が、左の耳をそっと隠すように押さえていた。
「……?」
悠吾は、小さな違和感を覚えた。
視線を零に移す。
「忘れ物、見つけたみたいですよ」
上品な笑顔で零は言う。
けれど、悠吾はその笑顔の裏に隠されているものを知っている。
「大空を…送ってくれて、ありがとうございます……」
握った拳がほんの少し震えた。
「それでは、お足元に気をつけて。また、お会いしましょう」
零は丁寧にお辞儀をする。
-☂️-
帰りはタクシーに乗って帰ることにした。
未来はずっと車内でも黙っていた。
車のワイパーが左右に素早く動く。
窓の外を見ると、暗い車道は雨風で荒れていた。
—忘れ物、見つけたみたいですよ—
悠吾はその言葉に、ただ翻弄されていた。




