第九景「揺れる波紋」
第二幕「零れる過去」
第九景「揺れる波紋」
会議室の席に着く。
まだ、数人が集まっていないようだ。
悠吾は隣の未来を横目で窺う。
未来は急いだ様子で、スーツの濡れているところをハンカチで拭いていた。
「……大丈夫、だった?走ってきた?」
そう言って、悠吾は未来にテーブルのミネラルウォーターのボトルを渡した。
未来はそのボトルを両手で受け取った。
「はい…電車の到着がギリギリになってしまって」
そう言って、申し訳なさそうに続ける。
「こんな大事な時に、申し訳ありません」
未来は悠吾に頭を下げた。
「この天気じゃ、仕方ないさ」
悠吾はそんな未来を慰めるように言った。
「……本当は良くないことだけど、神城さんがいい人そうで良かった」
零を見ながら、ほんの少し口元を緩ませて、悠吾は小さな声で言った。
「……そう、ですね」
未来は、ずっとテーブルの方に視線を落としたままだった。
「……どこか、具合悪い?」
「あ、いえ、平気です」
「……そう」
悠吾は、妙な違和感を覚えつつも前を向いた。
その時、一瞬零と視線があった。
「それでは、そろそろ始めましょうか」
誰かの声が聞こえた。
その声で視線が自然と離れていく。
何か、自分はしただろうか?
疑問に思いながら、悠吾はテーブルの書類に目を落とした。
-☂️-
「雨宮、大空」
課長がエレベーターホールで声を掛けてきた。
「このあと俺はもう一つ別件で用事があるから、二人は先に社に戻っててくれ」
「分かりました、お疲れ様です」
エレベーターに乗っていく桐生を悠吾と未来は見送った。
そこに、零がやって来た。
「本日はありがとうございました。是非、今後もよろしく頼みます」
零は改めてお礼を言う。
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
悠吾と未来も丁寧に頭を下げる。
「まだ、雨も降っているから気をつけて帰るといいよ」
そう言って、零はエレベーターホールの窓の外を見た。
「お気遣いありがとうございます」
後ろで未来が自分のバッグの中を確認していた。
「あ、あの…すみません、雨宮さん。私会議室に忘れ物をしてしまったみたいで…」
「あ、ああ、取ってきなよ。ロビーで待ってるから……」
慌てて、未来はその場を後にする。
「……」
悠吾は、未来のその背中を見ていた。
先程の、ハンカチを渡した時の表情が妙に残る。
悠吾がエレベーターに向かおうとした、その時。
「——君、未来とはどういう関係?」
急な問いに、悠吾は振り向いた。
零は笑っていた。
けれど、その目はどこか冷たかった。
ついさっきまでと、纏っていた空気が違う。
「ど、どうって…大空さんは、職場の後輩で……」
悠吾は少し言葉を濁した。
「……後輩、ね」
零は壁にもたれながら、冷ややかな目で悠吾を見てくる。
未来…?この人、未来って……
そう、訝しげに零の方を見た。
その視線に気付いた零は、薄い笑みを浮かべる。
「ああ、言ってなかったね。実は——」
零は悠吾の目をまっすぐに見てきた。
「未来とは大学の時からの付き合いでね」
零の口の端が上がる。
「文字通り、付き合ってたんだ」
悠吾の胸の中が軋んだ。
「……そ、そうなんですか」
そう、返事をするのが精一杯だった。
喉の奥が詰まった。
「……可愛いだろ、あの子」
零はもたれていた壁から離れて、姿勢を正す。
「まあ、少し抜けてるとこもあって、面倒かけるかもしれないけど。よろしく頼むよ」
そう言って、零は悠吾の肩に手をやって去っていった。
悠吾の胸がざわついた。
まるで、外の嵐のようだった。




