春 違和感
(莉緒ってやっぱ、変わんないんだな)
世渡り上手に見えて意外と不器用、100か0かしかできない。幼少期の頃はそんな印象があったが大人になるにつれてそんなことは無くなったと思っていた。
ただ、彼女は俺にあの話をしてから、すっかりクラスでおとなしくなってしまった。多分もう付き合わないと決めたのだろう。自分の地位が奪われたとしてもこんなんはめんどくさいと。やっぱり、根は変わっていないのか。
「りおち〜、どうしちゃったの?予習なんてしちゃって」
河合萌音、これまでのことの次第、全ての元凶が話しかけにいくと、莉緒は鬱陶しそうに振り払った。
「今日の授業はついていけないとやばいから」
「そんな不機嫌そうにしちゃって〜、私なんかしちゃった〜?」
いいやつだと思っていたから気になってはいなかったが、今聞いてみると気持ちの悪い話し方だ。
(こうも見え方が変わるんだな)
今見てみると不思議と莉緒が、まだいいやつだったように思えてくる。莉緒は人情深いやつだ、どんな教室の隅っこにいる女子にも良く話しかけている。莉緒は地位確立のためにそんなことをして踏み台にでもしているのかと思っていたがそんなこともなさそうだ。
今まで酷いやつだと思っていたのも、噂とか、勘違いの集合体で、俺はちゃんとリオを見れていなかったのかもしれない。
(アイスでも奢ってやるか)
河合は明らかに不機嫌そうな様子で莉緒の元から離れていき、いつものグループに合流すると莉緒の方を見て笑い出した。
クラスの雰囲気が明らかに変わってきていた。
莉緒はガチの女子バレー選手である。
放課後になると、もと同じグループのメンバーには目にもくれずユニフォームの入った袋やカバンを持って静かに教室を出て行った。
今回の件は流石に俺も責任を感じていたので、少し会話がしたくて、教室を出たのを確認してすぐに追いかけた。
「莉緒!」
「......」
莉緒は振り向かずに足を早める。やっぱ頑固なやつだ。
俺が追いついて肩に手をかけると莉緒はやっとこっちを見てきっと睨んだ。
「......何?」
その圧に押し負けて俺はたじろぐ。どうしようか、なんか俺にできることがあるのだろうか。会話しようとしていた内容も、もはやどうでもいいのかもしれない。
このままなんでもないことにして引き返そうか。そんな考えも頭にチラついた。
ただ、俺は思い直した。莉緒は河合と同じバレー部。そんな河合を怒らせば部にいづらくなるのは確かだ。
そこまでの勇気を出した莉緒に、何か声をかけてやりたいと思った。
「さすが莉緒だな」
なんの脈絡もない言葉。
一生懸命捻り出した言葉に、彼女は思いっきり引き攣った顔で
「......何?気持ちわる」
そう言い放つと、何を気にする様子もなくまた歩き出した。
俺の莉緒を引き止める声は、一切聞こえない様子で。
「それは大変だったね.......」
生徒会室、生徒会書記・青木澪に相談すると、彼女はふにゃふにゃと笑った。対して何も考えていなそうに。青木の目線はずっとパソコンの方を向いていた。
ここまで説明してこなかったわけだが俺は生徒会所属のエリートである。もじゃもじゃした癖毛がトレードマークの俺はネタにされがちではあるが男子たちには真面目なやつとして認められている。そして、今の話し相手であるこいつは青木澪。バレー部と生徒会を兼部していてふにゃふにゃしてとろいやつだがいいやつである。そして女子バレー部で莉緒のことを知っているのでこの話をするには適任というわけだ。
「でしょ?流石に言い過ぎじゃない」
「私からしてもちょっとキモいけどね......」
青木は申し訳なさそうに、辛辣な言葉で俺の心臓を貫く。こういう強さがあるからこんな美貌で彼氏ができないんだ。
「赤ちゃん、かわいそうだな。河合ちゃんとは一緒になりたくないって、クラス替え前日は一緒に願掛けに行ったのに、同じになっちゃったもんね」
そんなことがあったのか、莉緒、さすがすぎる。そしてあいつを赤ちゃんと呼ぶのはどうなの?そんなか弱い存在じゃないぞ?
「色々突っ込みたいとこはあるけど.......2年になって不仲が始まったわけじゃないの?去年は仲良さそうだったけど」
「.......小学校から赤ちゃんのこと見てるのに何も知らないんだ......」
青木はこれじゃあね。と呟いてうんうん首を縦に振っている。なんだか馬鹿にされている気がする。
「あいつのことなんてわからない。謎多き存在」
「.......そんな、人をなんだと思っているの?」
青木は俺を適当にあしらいながら、悲しそうな顔をしていた。本気で心配なんだろう、赤ちゃん(笑)のことが。
青木は不機嫌そうだったので、そこでそーっとしておいて自分の椅子に座ったところで、青木は唐突に立ち上がった。
「宮城くんからは心配が感じられないね!薄情なやつ......。じゃーねっ!」
青木は心の声が聞こえていたのか、珍しく大きな声で言い放つと生徒会室を出て行った。多分今からバレー部に向かうのだろう。
行動が唐突すぎんだよ。莉緒も青木も、その時の感情くらい説明してくれねえか?
一人残された俺は、残された今日までの書類の山を見てため息をついた。
次の日、朝通学路を歩いていると後ろから肩を叩かれた。
「......おはよ」
「......っ。あっ、ああ。どうかしたか?」
俺に話しかける人なんているか?と思ってそっと後ろを見ると莉緒が立っていて、俺は尻餅をつきそうだった。
「......何転びかけてんの?ダサッ......」
「......いや、だってお前に話しかけられんのなんて珍しいから......」
「別に話すことがあったら話しかけるよ、ないから話しかけないんじゃん」
莉緒は会話中ずっと眉を顰めて不快そうである。こんな様子なら何で話しかけたんだか。
「それで、なんのようなんだ?」
「.......言われなくても話すわよ」
こいつ、めんどくせえ。昨日も今日もキモとかダサとか言われて俺が苛立っているのをわかっていないのだろうか、随分と余裕そうな顔面に一つパンチをぶつけてやりたい気持ちになりながら、それをなんとかこらえた。
「青ちゃんにもう、話しかけないでくんない?」
彼女はそう言ってから何かに気付いたのか顔を真っ赤にした。
「青ちゃん......青木のことか。お前も赤ちゃんって呼ばれてるもんな」
「笑うなっ!てかそれも聞いたの??」
久しぶりに見た、こんなに照れてる莉緒。いっつも冷たい顔をしてるから、珍しい顔を見たもんだ。
「青ちゃんとは話すぞ?ビジネスパートナーだからな」
「.......その呼び方やめてあんたがいうとキモい」
久々に見直したというのに次の瞬間には冗談を適当にあしらって罵倒。
酷いやつだ、こいつは。
「話すことがないから話さないって、まともに会話したのも昨日が半年ぶりくらいだっただろ。そんな話すことないか?」
「.......ないんだよ」
「ないならなんで一緒に帰るんだよ」
「.......あんたさあ」
心底苛立った様子でため息をつくと、莉緒は足を少し早めた。
「.......なんだよ。急に早いな」
「あんたと話すこともなくなったからあんたをおいてこうとしてんのよ」
「なんでなくなったんだ?さっきまであったんだろ?」
「......あんたがムカつくからでしょ。てか、青ちゃんに話しかけないならもういいし」
「いや、それは却下する。青木と話すのは楽しいからな」
「......こんな奴に話すことなんてあるわけがなかったわ面倒くさいし」
そんなこと言わなくても、仮にも10数年の仲じゃないですか。心も体も繋がっているようなもんじゃないですか。
「何そのキモい顔、あんたも顔しゃっとしなさいよ。私へのいじりがなくなった腹いせに他のやつに話しかけ出すかもしれないんだし。」
あっ、そういうことか。次いじられるなら俺なんじゃないかって、彼女なりに心配の言葉をかけたかったのかもしれない。決してそんなことはないと思うが。
「あんただったら私とセットでいじられて絶対面倒臭いから、意地でもおもん無いやつでいてね」
素直に心配していると言ってくれればいいのに、どこまでも素直じゃ無いやつだ。自分のことを心配しろよ、お前が一番覚悟しなきゃいけないんだから。
「.......それ、みんなに言って回ってんのか、お前」
「.......いや、まあ、そうだけど、だって私が逃げたせいで誰かおもちゃにされるの見たら嫌じゃん。ちゃんと強い意志で否定するんだよって、言ってあげられてたら悔いはないかなって、結局私の自己満だし、優しさとかじゃないよ」
「.......変わってないな。」
「何それ」
下駄箱に入り靴をしまう。少し会話が途切れて気まずい時間。変わって無いなと思うけど、変わってないわけがない。彼女とは昔のような距離では話せなくなって、それで当然なのだ。変わってないなんて、俺の欲望に違いない。
彼女は当たり前のように俺をおいて階段を上がっていく。こんなところが見つからないようにと、彼女なりの配慮なのだろう。今まではそうは思えなかっただろうけど、今ならわかる。
(変わったのは、俺とお前の関係だけか)
人間の本質は変わらない。それなのに関係性で思い切り見方が変わるんだって痛感しながら、俺はのっそのっそと階段を上がっていった。




