春 始業式
「うわ、またあいつ同じクラス?」
「あいついっつもこっち見てきてキモイよね」
「ほんとそれw」
校庭の土手は桜満開。俺らの学年は高校2年花の17の年を迎え、クラスも変わり、それぞれが浮き足立っていた。
そんな中目立つ声が窓際から聞こえてくる。彼女らは俺を見ていた。俺は一つ睨むと静かに舌打ちした。
「何あいつw」
そんな柄の悪い女子グループの中で一際目立つのはこのクラス随一の美少女・河合萌音、そんな彼女は性格はあまり良くない。今も同じグループの女子たちと陰口に花を咲かせている。救いようのない奴らだ。あいつも......昔からそんなもんだが。
「そんなこと言わないでやんなよ。一年の頃、デビューに失敗しちゃったんだから、可哀想じゃん」
河合の隣で高らかに笑っているのは赤沢莉緒、小中高と腐れ縁の女である。家が隣だっただけにあいつの性格がいくら悪いと知っていても逃げられない。あの女は頭もよく、とにかく狡賢くて、自分が不利にならないように人を貶める仕方ないやつだ。そんな彼女が高校デビューで髪を茶色に染めた俺の、中学時代の話を広めた上、俺は一学年競技大会委員長を四月、高校デビューで引き受けてしまって、それも失敗したせいで多くの人からヤバいやつだと思われている。
要はこの状況は大概あの女のせいだというわけである。
これは男子にも漏れずに同じ状況なので新学期というのに一人座って話を聞くくらいしかできない。
女子の陰口はもちろんうるさかったが、右の方の男子も大きな声で喋っていたのでそちらに耳を傾けた。
「見ろよ河合、ガチやべえ」
「......太もも」
「あたりのクラス引いたよな」
「それな!あの河合と赤沢がいるぞ?マジで一生の運使い切ったわ」
まことに男子らしい会話だ。自分の話題じゃなくて良かったと思うと共に、ムカついた。なぜあんな女がモテるのか。河合はわかる。だが莉緒の何がいいのか、あの悪どい女と近づけば碌なことにはならないと思うが。
じろっとまた河合の方に意識を戻すと、それに気づいたクソ女はにっこり笑ってこっちに近づいてきた。
「おひとり様で。相変わらずでございますね。」
たっぷりと皮肉を込めて彼女は笑った。
「.......んだよ」
ムカつくやつだ。わざわざこっちに来て言うことと言えばこれか。
「勘弁してくれ、今年は静かに過ごしたいんだ」
「あんたがこの高校で平穏に時生過ごすなんて、もう無理な話なんじゃない?」
愉快そうである。さぞかし楽しいだろう、高校デビューの俺をうまく失落させて弄り落とすのは。
「いいからお前は戻れよ、お前と同じ空気なんて吸いたくねんだよ」
「残念ながら今年1年間はそんな空気を吸うことになりそうですね。」
「......ほんとに残念だよ」
「とか言って......嬉しいんでしょう?宮城くん」
彼女はグッと顔を近づけてくる。なんもドキドキしない、ただただ不快だ。そしてまた、こいつのせいで変な視線を感じる。
「今年も、目立っちゃうね」
「......ああ」
何がしたいんだお前は。
そう聞こうと思ったんだが彼女がこちらを訪ねてきたのは一瞬の気まぐれ、また女子の方に戻っていて河合の元に行くなり、俺を見て嘲るように笑った。
罰ゲームかなんかだったのだろう。あいつとは毎日のように話すが学校で話すのは久しぶりだ。
今年度始まって4日目の朝は、日直の号令と共に終わった。
「そんでさ〜、彼氏はもう耐えきれないみたいな感じでさw」
「ええ〜、そう言う時困んない?」
「彼氏に遠慮したら負けだと思ってるから、それで振られるならしゃーないよ」
放課後も彼女たちの話は続く。今は彼女持ちの女子の恋愛相談をしているようだ。あいつがなぜあんなグループに入っているのか、入学当初から本当にわからない。河合が笑う姿は昔も同然。ただ昔とは随分と変わってしまった。彼女の出会いも高校からではないのだ。中学の頃を知る俺にとっては陰口で笑う姿が信じられない。彼女は正義感が強く、学級委員長をやるような女子だったのだ。
中性的な風貌、高い背、王子様と呼ばれ、昼休みは男子とサッカーをやるような活発な女子、それが河合だった。それが今は陰湿に陰口を仲間と重ね合っている。皮肉なことにこれも高校デビューの一つというやつなのだろう。
(これもあの女の差し金だったり、なんてな)
まさか彼女も、俺に対してしか非道ではないだろう。
「一緒に帰ろっか?宮城くん。」
そう、こんな風に。
みんなの視線が一気にこちらを向いた。窓の方ではこちらを嘲るように笑う河合とその連中。話しかけてきた莉緒は営業スマイルでこちらを見ていた。
「......勝手にしてくれ」
「へえ、いいの?」
「どうせついてくるんだろ?」
「あらそう、今日は拒否権を与えようと思ったのに〜」
莉緒は俺のほっぺをツンツンする。俺は何よりこんなことをしないでほしい。目立ってしまっている。
「だから、別にいいって。帰ろうぜ?」
「......へぇ〜?もしかしてそんなに嫌じゃない?」
「別に嫌じゃないよ、早く」
さっさとこの教室を抜け出してぇ。視線がうるさすぎる。
「......つまんないな〜」
莉緒は独り言のように呟いて、外を見た。
(......面白がってるだけなんだよな、結局)
正直今話しかけてきたのも、莉緒が俺を弄りたいからというより、あのグループが全体で俺の反応を楽しもうとしてるのだろう。
(もっと面白くしてやれば良かったか......)
人付き合いを少ないながらも生まれてこの方やってきたのだ。気持ちはわかる。こいつも根っから悪いやつというわけではないのだ。
「......じゃあ、帰ろっか」
彼女は小さい声で呟くと俺の手を引き始めた。
(なるほど......)
こいつ、そこまでして俺を嫌がらせるか。
勢いよく引っ張られ、教室を後にする。
奥の方で河合たちはこっちを見てニコニコ笑っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ......」
なぜかすごい勢いで引っ張り出された俺は、もう外に出たというのに引きづられながら、帰路を辿っていた。もちろん彼女は隣の家に住んでいるので道は確かである。
(こいつと話すとしたら......いつぶりになるんだ?)
いっつも教室のノリで一緒に帰ることにはなるのだが、俺も莉緒も話したいことなどないので無言で帰っていた。教室では一言二言話すし、電車でもなんとなく近くにはいるのだが、おそらく家の付き合いで莉緒が俺の家にきた去年の冬から半年ほどは、会話という会話はしてはいない。
(久しぶりに話しかけてみようか......)
そう俺が口を開こうとしたところで急に勢いの良かった莉緒が立ち止まった。
「......どうしたんだ?」
「......うざい」
「今、なんて?」
「......うざいって言ってんの!」
莉緒は珍しく感情的な様子だ。普段は大人しくずる賢いイメージのやつなだけに、幼馴染の俺も驚いた。
「.......俺のせいか?」
「そうよ、あんたのせいよ!」
「......」
「だいたいあんたがいけてないから、私も一緒にいじられるんじゃない!どうにかしてきてよその顔、ほんとに!私が困ってんの!」
莉緒はこちらに顔を見せない。それでも耳は赤くなっていて、慣れないながらに怒っているということが伝わってきた。
「.......大丈夫か?」
「.......別に、私はあんたに心配されるほど落ちぶれてはない」
「ああ、そうか」
「......あんたって本当、鼻につくよね」
莉緒は少し落ち着いた様子で空を見上げていた。
「あいつら、本当にムカつく!」
「......何かあったのか?」
「......そうだよ!まず何?幼馴染なんだし気にかけてあげなよイジリ?まじで迷惑!別にあんたと最近になってはほぼ繋がりないし、話すこともないし、仲もそんな良くないし。それに私とあんたが話してるとこなんておもしろいか?本当にわからない!」
......そんなことを思っていたのか、莉緒の告白に驚きながら、俺も少しダメージを食らっていた。なんだよ、仲良くないって、俺はそんなこと思ってなかったのに!ただ、なんでだろう、こいつが面白がって始めたいじりだと思っていたのだが、もしかしてじゃなくっても違っていたようだ。
「......じゃあ、やんなくて良くないか?グループも抜ければいいんじゃないのか?友達も多いだろうし」
「......そんなよくサラッというね?本気で困ってんだよ?そんなんで解決するわけないじゃん」
「他グループに行くんじゃダメなのか?」
「だめ」
「なんで......」
「萌音がいるからよ、萌音。中学の頃からあいつはいっつもいっつも私を馬鹿にしてっ!」
河合萌音......。そんなことあるのだろうか。あの彼女が全ての元凶だなんてこと。
「.......河合っていいやつじゃないのか?」
「いいやつって......。あの子は見た目はいいけど......」
こんなに熱くなってる莉緒が言うんだ、言葉に間違いはないだろう。そっか、俺が単に河合の解像度が低かったと言うことか。
少し残念に思いながら莉緒の肩を叩いてやる。普段の彼女ならこうはならない、本気で疲れているのだろう。
「あんた、なんか偉そうだね」
「......なんだそれ」
「なんだそれって、そのままの意味だよ」
久しぶりに莉緒の小さい背中を見て、その懐かしい空気に、やっとこれまでの引き締まっていた体が解けていく感じがした。




