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第四話

「魔王様、お客様が来られました」


「分かった、こちらへ招いてくれ。頼んだぞ」


 教師から引き取った子どもが、小間使いとして私の下で働く様になった頃、とうとう国の大臣が私を訪ねてきた。

 実は、ここは厳密には王国領では無い。

 深い森や山を抜けた未開の地は、私が来た時には僅かな者達が細々と開墾を続けていた。

 私は彼等が追放され、逃げ延びた理由を知った。私が掬える者の存在を知ったのだ。

 それが、私の論理を私だけのものだけにしない理由である。


「はい、分かりました」


 小さかった彼も、今では立派な青年となった。

 以前は傲慢な親許で、私の論理を曲解して振り翳す事に腐心していた彼も、今では、私と共に語義を編纂し論理を切磋琢磨する間柄となった。

 何と、喜ばしい事か。


「お初にお目にかかります、魔王殿。して、何とお呼びすれば?」


 慇懃に腰を折った壮年の男性は、眼窩に嵌めたモノクルを光らせた。


「へ、辺境伯……!?」


 その男性に返事をする前に、私の背後で控えていた部下が驚きの余りそう呟いた。


「部下が失礼した。私の事は何とでも呼んでくれ。貴公を辺境伯と呼ばせてもらっても構わないか」


「えぇ、えぇ。もちろんですとも。では『マイ・スィート・ハニー』とでも呼ばせてもらっても?」


「貴公が構わないのならば」


 私は辺境伯の巫山戯た言葉に即座に返事をした。

 本当に、私にとって呼び名等は何でも構わないからだ。


「これはこれは。噂に違わぬ朴念仁っぷりで。私が言い出した事ではありますが、単純に『魔王殿』で事足りる話でしたな、はっはっは」


 何が面白いのか分からない為、私は黙って辺境伯を見ていた。


「本題に入ろう。私に何用か」


「いえね、あなたの本は我が国で増版に増版が重なり、かなりの国民に行き届いてしまいました。中には教科書として取り上げればとの声もあり、これは王国としてはいただけない事態な訳ですよ」


「何が言いたい」


 辺境伯は、面白そうに口の端を歪めた。


「あなたの作品は素晴らしい。あなたの作品に触発された民衆は、日々処刑されている。それはまさに、人材の損失でしょう。そうではなく、人を生かすために、あなたの力を活かしてはみませんか?」


「私はその為に筆を執っているが、貴公が言いたい事はそうでは無いのだろう」


 私は今にも飛び出そうとする部下を手で制止しながら、辺境伯の言葉を待った。


「さすが、物分かりのいい魔王殿。王国はワタシに言いました。魔王殿を殺せと。理由なんていくらでも作れるから、兎に角処刑台の上に立たせればよい、と」


 辺境伯は(おど)けた様に言い、そして突然静かになった。


「それでは何も解決しない」


「そうだろうな」


 私は同意した。

 実際、王国の制度には無理があるのだ。

 貴族と民衆の二つに分け、貴族が統治するというのは、人間に上下関係を生む。

 これは、人間の傲慢と卑下の元となる。

 システムから外れたとする個体を即処刑するのもいただけない。

 人間には更生の機会が与えられるべきであり、生活水準を整えても犯罪を犯す様な人間のみ、服役などの罪に応じた罰が必要である、というのが私の持論である。

 従って、私の領地では上下関係を許可していない。

 勿論、指示役と実行役はいるが、地位や給与は変わらない。


「だから、ワタシは魔王殿のその明晰な頭脳を、逆に取り込んでしまえばよいのでは、と考えた訳ですよ」


「成程」


 私は辺境伯の考えに納得した。


「もちろん、高待遇をお約束します。自由に物書きが出来る環境も。あなたの作品が教科書になり、あなたはより多くの人を救えるでしょう。どうですか?」


「それは、私に首輪を嵌める為の餌だろう」


 辺境伯は私の言葉に喉奥で笑い声を漏らした。


「何と何と、本当にそう言われるとは。そうです、ワタシはあなたに首輪を嵌めに来た。それはあなたのために、ですよ。これは脅しです。王国では今まさに、『勇者』が作られようとしているのですから」


「勇者だと?!」


 部下がいきり立ったが、私は筆を持っていない方の手で「落ち着け」と制止した。

 この世界は、人々の認識によって形作られる。

 つまり、私も魔王では無いと主張を続けても、時が経ち皆がそう認識してしまった今、私はどこまでも魔王なのだ。

 そして、勇者とは、言ってみれば多くの人間の付託を受けた頂点の人間だ。

 王国は、この世界で最強の存在を生み出さんとしているのだ。


「だから何だ。勇者を恐れる魔王では無い。今となっては、私が魔王では無いと主張しても無駄であるが、私は本質的に相手を害する事を目的とはしていない」


「それはワタシはよーく知っています。その上で、王国はあなたに魔王のレッテルを貼り、あなたを大義名分の下で処断しようとしている。これってとっても理不尽な事だと思うんですよねぇ。だから、ワタシはその前にあなたをスカウトに来たんです」


 辺境伯は私に手を差し出した。


「どうです? 王国に来ませんか?」


 私は辺境伯の言葉にも一理あると思ったが、それまでだった。


「王国に行くつもりは無い。何故ならば、王の下で私は私自身を偽りながら文字を書き連ねばならない未来しか見えないからだ。それに、我が領地の人間達を放置する訳にはいかん。曲がりなりにも領主として政をしている以上、私はここを離れられん」


 私はそう一息に言った後、辺境伯を見た。

 辺境伯は興味深そうに私の言葉を待っている。


「だが、貴公には興味が湧いた。貴公ならば、手を組みたい。こうして敵地とも呼べる場所で、単身私を助けようとする者に、理念が無いとは言えないからだ」


 私はそう言って、辺境伯の前に立った。


「辺境伯よ。私は今後勇者と会い見えるだろう。私は武力による争いは好まない。勇者をここまで案内するつもりだ。その後、私はどうなるかは分からない。勇者の説得に成功すれば生き残り、失敗すれば死ぬだろう。その時は、貴公に私の後継を任せても良いだろうか」


「魔王様!」


「よく考えても見ろ、国の中枢に食い込める程の地位があり、頭が回り人々の為に働ける者は、私の部下にはいない。彼が私に賭けた様に、私は否が応でも彼に賭けるしか無いのだよ」


 辺境伯は私の伸ばした腕を掴んだ。


「物分かりが良すぎじゃないですか?」


「よく言われる」


 そうして、私は辺境伯と幾つかの取り決めをした。


「今度は一緒に酒でも飲みましょうや」


 辺境伯は機嫌良さそうに去っていく。

 部下がその背中に小さく「一昨日来やがれ」と罵っており、私は苦笑した。

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