第38話 シートの上で
雪のチラチラ振る中を、真っ黒な塊が高速で駆け抜ける。
それを肉眼で見ようとしても、なかなかその詳細を掴むことは出来ないだろうが、真っ赤なシートの両端を抑えた黒いコートのその肩に、これまた黒いコートが必死にしがみついていた。
雪が舞うことの無い程度の低空を、起きた風で家の一件でも飛びそうなくらいのスピードで突き進むその影は、傍から見ただけで凍ってしまいそうな程に寒く見えるだろう。実際シートの端っこは凍っているし、2人の吐く息は白い。対策していなければ、コートなど意味をなさない。
しかし、よく見ると口の二、三十センチ先から白い息が出ているのがわかるはずだ。風呂上がりのように体から湯気が出ているのも、じっと見ればよくわかる。
「ジンさん」
「ん?」
「やっぱり魔法って凄いですね。暖かいです」
「そりゃよかった」
どういうことかと言うと、私が2人の周りの空気を体に固定し、それを温めているのだ。だから、私たちの体感温度はヨウタたちの家にいる時とさほど変わらないし、むしろコートを着ていて暑いほどだ。
まあ、魔法は凄い、ということだ。単純明快な真理だね。
「ジンさん。右手だけ外に出したいです」
「了解」
不思議な願いだったが、別に困ることはないので魔法の効果範囲を縮める。暖かすぎると眠って落ちる危険があるし、少しは冷たい感覚を得て目を覚ますべきかもしれない。私が眠ったりしたらこのまま地面に転がり落ちることになるからね。
「ジンさん」
「んー」
「一瞬右見てください」
「あいよ」
これまたよく分からないお願いだと思いつつも右手をちらりと見ると、突き出されたリリカの手が何かを持っていた。
六角形のそれは、氷で作られたのか朝日をキラキラ反射して、その細部の枝のような部分が美しく咲き誇っている。言うなれば氷の華だろうか。
「それは...?」
「雪です」
「いや、雪で作ったのはわかるけど」
「そうじゃなくて...雪の、結晶です」
「結晶?」
つまり...?
目の前に迫っていた岩を回避しつつ、もう一度リリカの持つ六角形を見る。
「雪をじっと見れば、こんな形してるって分かりますよ」
「...?」
自分も右手を外に出して、降ってきた雪をじっと見てみる。ほとんどがただのまん丸だったが、幾つか、綺麗な形をする雪を見つけることが出来た。
「ほんとだ!!」
「ふふ。なかなか綺麗な形してますよね!」
「ああ。これはいいことを知った」
思わず子供のように叫んでしまったが、なんだかとても嬉しかった。今まで何度も見てきたものの違う一面を見つけたような気がする。
「雪あんまり見たことなかったんですね。暖かいところから来たって言ってましたし」
「ああ、いや。今の帝国出身だから、雪は毎冬見てたよ」
「もしかしてずっと雪合戦とかしかやってなかった感じですね」
「いや、雪合戦をこの間知ったからそれは無いんだが」
雪を見て思い出すこと。アリアとの思い出もあるが、それ以上に。
「雪が積もればゲリラ戦、だったからな...」
「ゲリラですか?」
「雪に隠れて紛れて、相手の背中を雪につけさせれば勝ちのサバイバル戦さ」
「なんだか楽しそうですね!」
ゲリラ戦は「美影」と「軍師」が異様な程に上手かった。方や完全に気配を消して、方やいいとこ取りの名人だったため、前者はひたすら最後まで残り、後者はひたすらポイントを取っていた。
「まあ、こっそりと獲物を狩ることが得意になったのは、このおかげかもしれないな」
「...わたしはできる気がしないですね」
「まあ、普通いらないもんな」
もし、もっと人数が増えたら、ロックのヨウタたちと一緒にゲリラ戦をやってみてもいいかもしれない。最も、いつもうるさいアイツらが静かに隠れるところは想像できないが。
猛スピードで変わる景色が、私たちの笑い声をあっという間にさらっていく。
結局、国境の町ボッカに着く夕方まで、私とリリカは他愛のない話を何度も繰り返すのだった。




