第37話 出発
「...」
唐突なフラッシュバックから覚醒し、深く壁にもたれて呼吸を整える。遠くに聞こえていた喧騒もUターンしてきていた。
巫女竜だったか。
ジグルド山に隠され、世界の均衡を保つ存在。果たして本当に祈るだけで世界の均衡を保っているのだろうか。
ただ祈るだけなら、この大陸でも多くの人々がそれをするし、東大陸ではそれを本職にする「巫女」などという人たちもいるのだ。
しかし、人に当てはめるのも良くないだろう。長い時を生きる竜達が揃って守るような存在だ。倒された後に、何か起きてもおかしくない。
そもそも黄金竜を倒せるかどうか。
最終的に師匠に1対1で張るくらいまでの力を手に入れた「勇者」と「魔王」がいるのだ。戦いに特化していない竜相手ならば、確実にあいつらは任務を完遂するだろう。
──あの二人は、黄金竜が師匠の母と知っているのだろうか。
別れ際まで黄金竜のことを伏せていた師匠のことだ。まあ、まず知らされてないだろう。この新聞が発行されたのは1週間前。私が急いで帝都に向かっても、既に竜が討伐されている可能性はとても高い。
目頭をつまんで息を吐く。この数瞬で、かなり疲れた気がした。
はて、この後にどうするべきか。
まだ、様子を見るべきだろうか。
いや、時代の転換点に大災害が起きるのならば、その現場である帝都近辺で起きるはず。「勇者」たちなら何とか出来そうだが、万が一貴族街がやられてしまっては、私が帝国に行く意味に占める大部分が失われてしまう。
永遠に感じる数秒、思考が浮かんでは消える。
決めた。明朝出発で帝都に行こう。ボッカから帝都まで伸びる列車があるとも聞くし、ひとまずいち早くボッカへ向かおう。
強行軍ではあるが、一日で足りなくても、洞窟さえ見つかれば魔法でどうとでもなる。しかし、ここから先も草原の続く道のりに洞窟などない可能性が高い。
とりあえず、食料と暖の維持できるものが必要だ。明日中にボッカに着けるか。その勝負だ。
何を買うべきか考えながら、リリカに伝えるためにミシミシとなる階段を上る。
「ほんと急だな」
「まあ、色々あるんでしょうけど」
まだ日も登らない藍色の朝。私とリリカは、厚手のコートを被って正方形の真っ赤なシートに乗っていた。リリカには、冬明けに定期馬車で来るのでもいいと言っては見たが、「行きます」と即答された。若干必死さもうかがえたのは、アツアツな2人の元に1人残されたくないからだろうか。それはそれで沢山本は読めるだろうが、家で過ごしづらいだろう。
「迷惑かけたな」
「お世話になりました」
ぺこりと頭を下げる。これは、彼らに教わった向こうの世界の文化だが、ところどころ東大陸のと繋がるところがあった。この『礼』とかがその一例で、少し東大陸の文化の成り立ちがどうなっているのか、興味が湧く。
「いいってよ。俺らも余裕が出来たし」
「あたしたちも冬が開けたら、1度帝都に行ってみるわね」
「その時はまた面倒見るさ」
その出会いとは180度違って、お互いに笑みに寂寥と応援の色が絶えない。たった2、3週間の共同生活だったが、本当に距離が近くなったものだ。2人が冒険者になるかはまだ分からないが、なった時にはまた、先輩風を吹かして冒険者としての常識を叩き込んでやろう。
その後、別れを交わして2人で街から出発する。
言葉は少ない。ただ吹く一陣の冬風が、積もった雪を吹き上げるだけだった。




