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狸塚が手配したのはバス停から車で20分ほど離れた駅前の綺麗なビジネスホテルだった。狸塚のことだから『ケイヒサクゲン』と謎の呪文を唱えて、安いボロ旅館にでも泊まらせるのかと思ったがきちんと慈鳥が休める場所を手配していた。
「源くん、言ったでしょう?君が考えていることは丸わかりだと。」
狸塚は遠慮なしに源の頬をぐいっと引っ張ってくる。
「配慮が出来なければ立派な社会人にはなれませんからね。」
頬を摘んでいた指を滑らせるように離される。これが割と痛い。狸塚の拷問スキルは度々上がってきているように思える。ほんのりと赤くなった頬を押さえながら先を行く狸塚について行く。慈鳥は既にホテルのロビーのソファで寛いでいた。
「予約した狸塚です。」
そう似非笑顔を浮かべながらフロントにいるお姉さんに声をかけると、こちらはきちんとした笑みを返してきた。
「狸塚様でございますね。お調べいたします。」
お姉さんは隣にあるパソコンをカタカタと叩きながら画面を見つめている。源はすごいなと感心してしまう。源はこれが出来ないからだ。どうやって画面を見ながらキーボードを叩けるのだろうか。人間の造りが違うのか?違うから源はキーボードと画面を交互に見ながらしか出来ないのか?凝視すると画面から顔を離したお姉さんがにこりと笑ったのでこちらもヘラリと笑ったら、狸塚にスーツの裾を引っ張られた。
「お仕事の邪魔をしてはいけません。」
そう咎められると狸塚はお姉さんに軽く頭を下げた。お姉さんも特に気にすることなく笑みを浮かべた。
「狸塚様のご予約を確認させていただきました。シングル三室でお間違えないでしょうか。」
狸塚は、はい、と言い頷くとお姉さんは三枚分あるかを確認させるようにカードキーを開いて見せてから纏めて差し出してきた。
「朝食は朝7時なら9時半までとなりますので、お時間となりましたら一階にある朝食会場までルームカードをお持ちください。」
狸塚はカードキーを受け取ると一枚、源に差し出した。源はそれを掴むが狸塚の手からは抜き取れない。引っ張っても、押しても狸塚は手を離してくれない。
「この後は好きにしてくださって結構ですが、くれぐれも問題は起こさないでくださいね。」
鋭い狸塚の目に心外だと言わんばかりに源が唇を尖らせたのを見て、カードキーから手を離した。そして、ソファに座っている慈鳥に何か一言二言告げてからカードキーを渡しているのが見えた。慈鳥は狸塚の言葉に頷くとソファから立ち上がり、源に背を向けたままエレベーターホールへと歩いて行った。
「慈鳥さんに何を話したんですか?」
狸塚は源を見てから、エレベーターを待つ慈鳥に視線を向けた。そこにいる慈鳥は微動だにしていなかった。青白いままの顔とその独特な雰囲気が、なんだか、人ではない気がして背筋に悪寒が走った。
エレベーターが到着したのか、慈鳥が見えなくなると狸塚が口を開いた。
「明日の朝9時、ここに集合と伝えただけです。」
狸塚は慈鳥がいなくなった空間を見つめたままだった。
「君も寝坊せずにちゃんと起きてくださいよ。起こしに行くのは嫌なので。」
どんと胸の辺りを拳で小突かれるといつもの飄々とした詐欺師顔でにやりと笑っていた。そして、手をひらひらと漂わせながら狸塚もエレベーターホールへと向かって行った。
源はなんだかエレベーターの中で狸塚と一緒になりたくない、いや、一緒に居たらいけないような気がして慈鳥のぬくもりがまだ残るソファに腰掛けた。




