時空の三連星 第2章 第4話
《時空の三連星》
第2章
第4話:釈迦に説法、あるいは愛の波動
無敵の陣形――《時空の三連星》として、
三つの魂が現世のシズの肉体へと結集した。
しかし、現世におけるハルの器は、まだ十五歳の華奢な中学生。
長姉である正妃シズは、ここ最近、
ハルの心身のケアや、いずれ再び王へ仕えるための「作法と躾」、
そして高貴なる所作の教育に、深く頭を悩ませていた。
次姉であるアオイもまた、自らのメイド業務の合間を縫って、
ハルに武闘や気の置き方を叩き込もうと、心身の鍛錬を必死に手伝っている。
それは、二人の姉から妹への、厳しくも真剣な教育論であった。
そんな、ある日のこと。
シズの私室で繰り広げられる、厳しい指導の最中のことだった。
「よろしいですか、ハル。王の前に立つということは……」
滔々(とうとう)と説くシズの言葉を、ハルは静かに聞いていた。
やがて、そのすべてを見透かしたような澄んだ瞳で、
ハルはただ、愛らしく、おっとりと微笑んだ。
「そうですね。心得ました、御姉様方」
――その瞬間だった。
シズとアオイの背筋に、冷たい電流のようなものが走った。
今、ハルが口にした「そうですね」と言った「そうですか」ではないという声音。
それは、単に教えを請うだけの未熟な「妹」でも、
庇護されるべき「彼女」でもない、絶対的な強者の響きだった。
二人は、迂闊にも忘れていたのだ。
その可愛らしくも愛くるしい、華奢な少女の姿を見慣れてしまったせいで。
彼女の本質が、他人の精神の表裏を冷徹に解剖し尽くす
最高位の異能者――【人間精神洞察解析研究者】であるという事実を。
自分たちの底の浅い教育論や思惑など、ハルには最初からすべて見えていた。
二人は己の不遜を恥じた。
これではまさに、神仏に向かって教えを説くがごとき――
《釈迦に説法》《仏陀に教えを説く》ではないか、と。
◇
だが、ハルがその恐るべき頭脳で握っていた「ログ(記録)」は、
それだけではなかった。
ハルは、自室の「察知結界」と「洞察結界」越しに、
シズの私室のさらに奥――あの『精神思念領域』で行われていた、
シズとアオイの密やかな行為すらも、完全に観測し、解析していたのだ。
姉たちが自分を子供扱いして、必死に教育しようとしている裏で。
その姉たち自身が、主たる駿の情事の余韻に当てられ、 狂おしい衝動に悶えながら、互いの熱を慰め合い、
「調律」し合っているという最高機密のすべてを。
十五歳の天才解析者は、姉たちの絶対的なヒエラルキーの裏側を、
無機質なデータとして、すべて淡々と脳内にストックしていたのである。
◇
けれど。
すべてを見透かしているハルの心には、冷徹さなど微塵もなかった。
幼くして実父母を亡くし、他人の家で育ち、
一人っ子として一瞬も気が休まることのなかった、孤独な現世の少女。
そんな彼女は今、シズから身体のケアや所作を学び、
アオイから過酷なまでの心身の鍛錬を課される日々に、
狂おしいほどの「歓喜」を覚えていた。
(――ああ、こんなに愛されて、嬉しい)
向けられる厳しさは、すべて自分を想う姉たちの、
濃密で純粋なエネルギー(愛)の波動そのものだったから。
すべての秘密を握り、姉たちを凌駕する怪物の顔を持ちながらも。
ハルはようやく得られた「心から頼れる、気のおける本物の姉妹」の温もりに、
ただただ深く、幸福に満たされていくのだった。
(第2章) 【完結】 (第3章へ続く)




