本心と外面の攻防戦
「……?」
アリアは内心ひやりとした。
今、何かおかしかっただろうか。
だがレオはすぐにいつもの穏やかな表情へ戻り、静かに立ち上がる。
「長旅でお疲れでしょう。どうぞお掛けください」
「ありがとうございます」
形式通りの挨拶が続く。
両国の重臣たちが並ぶ中、会談は滞りなく進んでいった。
和平に関する確認。
婚約発表の日程。
今後の交流について。
もちろん、アリアも完璧だった。
落ち着いた受け答え。無駄のない所作。誰にも隙を見せない微笑。
いつものように、“氷の王女様”を演じ切っていた。
——はずなのに。
(む、無理……)
向かい側に座るレオが気になって仕方ない。
まず声がとても良い。
近くで見ると更に顔が整っている。
あと睫毛が長い。
どうしてそんなに自然に微笑めるのだろう。
しかも時折、こちらを見る目が妙に優しい。
(見ないでほしいのだけれど……!)
そこでふと、アリアは気づく。
今王都で流行している恋愛小説——
『運命の糸』。
ルエナに頼み、密かに取り寄せてもらっているその物語に登場する皇子が、
レオに驚くほどよく似ていた。
黒髪。
冷たい印象の美貌。
けれどヒロインにだけ優しい、不器用な皇子。
……意識するなという方が無理ではないだろうか。
そのせいか、胸のざわめきは一向に収まらない。
平静を装うだけで、精一杯だった。
そんな中。
「アリア王女は、読書がお好きだと伺いました」
不意にレオがそう言った。
(え、、、わたくしの心の中を読んでいらっしゃるの…!?)
アリアは瞬きをする。
「……ええ、多少は」
「私もです。アストレアにも大きな書庫がありますので、いずれご案内できれば」
心臓が跳ねた。
いずれ。
その言葉が妙に甘く響く。
「……楽しみにしております」
なんとかそれだけ返す。
完璧だった。
完璧なはず。
「……ふ」
レオが小さく笑った。
「どうかなさいましたか」
「いえ。失礼」
口元を押さえながら、彼はどこか楽しそうに目を細める。
アリアは困惑した。
何か変なことを言っただろうか。
すると。
「思っていたより、ずっと話しやすい方だ」
「……そうでしょうか?」
「ええ」
レオはまっすぐアリアを見る。
その金色の瞳が、あまりにも穏やかで。
「少し安心しました」
どくん。
また、アリアの胸が大きく鳴る。
(もう限界……)
これ以上見つめられたら駄目だ。
平静を保てる自信がない。
アリアはそっと視線を逸らした。
その様子を見たレオは、一瞬だけ目を丸くする。
そして。
ほんの僅かに、口元を緩めた。
——可愛いお人だ。
社交界中が恐れる“氷の王女様”が、まさかこんな反応をするとは思わなかった。
感情を隠すのは確かに今まで見てきた誰よりも上手い。
けれど、耳がほんの少し赤くなる癖だけは隠しきれていない。
どうやら、そのことに気づいているのはどうやら自分だけらしい。
そう思った瞬間。
レオは初めて、この婚約が少し楽しみになっていた。




