初対面の衝撃
正式な顔合わせの日は、驚くほどあっさりやって来た。
早朝から王城は慌ただしく、侍女たちが忙しなく行き交っている。
その中心で。
「ルエナ」
「はい」
「……やっぱり変ではないかしら」
鏡の前に座るアリアが、珍しく不安そうな声を漏らした。
ルエナは思わず瞬きをする。
「アリア様が?」
「……この髪飾り、質素すぎないかしら?」
「どこがですか」
銀細工に小さな蒼玉を散りばめただけの、極めて上品な装飾である。
むしろ普段のアリアなら、もっと簡素なものを選ぶくらいだ。
「でも、帝国は華やかな文化だと聞いたわ。地味だと思われたら……」
「十分お綺麗です」
「そういう問題ではなくてね」
そう言いながら、アリアは再び鏡を見つめる。
落ち着かない。理由はわかっている。
今日、婚約相手と初めて会うのだ。
もちろん政略結婚だ。恋愛感情など必要ない。
そう理解しているはずなのに、胸の奥が妙にざわついて仕方がなかった。
「……アリア様」
「なあに」
「楽しみなんですね」
「違います」
即答だった。
だが、本日も耳が赤い。
ルエナはニコニコと微笑む。
「ちなみにお相手のレオ皇子、かなり人気らしいですよ」
「……そう」
「『冷酷だけど美形』
『女性に興味がない』
『戦場では容赦ない』って噂です」
「最後の情報だけ物騒ね」
「あと、前回もお伝えした“漆黒の皇子”ですね」
今の情報を元にしてアリアの脳内に、勝手な想像図が浮かんだ。
黒髪。
鋭い目。
冷たい表情。
きっと恐ろしい人物なのだろう。
もし気難しい相手だったら、
上手くやっていけるだろうか。
そんな不安が胸を掠めた時。
コンコン、と扉が叩かれる。
「アリア様、お時間です」
「……ええ」
立ち上がった瞬間。
先程までの揺らぎが、綺麗に消えいつもの完璧なアリアになった。
背筋を伸ばし、表情を整える。
完成された“氷の王女様”。
その姿に、ルエナは内心感心する。
ついさっきまで髪飾り一つで悩んでいたとは思えない。
「行ってくるわ」
「はい。……楽しんできてくださいね」
「だから違うと言っているでしょう」
少しだけむっとした声。
けれど否定しきれていない辺り、完全に図星だった。
そして——
重厚な扉が開かれる。
赤い絨毯の先には、既にアストレア帝国の使節団が並んでいた。
中央に立つ男を見た瞬間。
アリアの思考が止まる。
黒曜石のような黒髪。
整いすぎた顔立ち。
長身の身体を包む漆黒の軍服。
そして、こちらを見つめる深い金色の瞳。
(…………え)
想像より、
ずっと。
ずっと——
素敵な外見だった。
「初めまして、アリア王女」
低く落ち着いた声。
レオ・アストレアは、優雅に片膝をついた。
「お会いできて光栄です」
その瞬間。
ふわりと彼が微笑んだ。
「——っ」
アリアの心臓が、どくん、と大きく跳ねる。
(なんなの)
これは無理だ。
何あの微笑み。反則ではなかろうか。
破壊力がおかしい。
だが、そんな内心を悟らせるわけにはいかない。
父の教えを心で唱える。
アリアは必死に平静を装い、完璧な微笑を返した。
「こちらこそ、レオ皇子」
涼やかな声音。完璧な礼。
傍から見れば、いつもの“氷の王女様”。
——だったのだが。
レオは一瞬だけ目を細めた。
まるで、何かに気づいたように。




