王都視察の日
アリアが自分の恋心を自覚してから後日。
「王都の視察でしょうか?」
朝の謁見の間で、アリアは珍しく聞き返した。
国王は玉座に腰掛けたまま頷く。
「そうだ。レオ皇子は半年間この国へ滞在する。王都を知ってもらう意味でも必要なことだろう」
至極もっともな理由だった。
「以前も伝えたが、案内役はお前が務めなさい」
その一言で、アリアの思考が止まるが返事はしっかりする。
「はい」
「婚約者なのだから当然だろう」
当然。
その言葉が最近やたら重い。
アリアはなんとか表情を保った。
「承知いたしました」
だが、、、後ろに控えていたルエナは知っている。
アリアの内心が今、盛大に悲鳴を上げていることを…!!
---
そして当日。
王都の中央広場。
雪は止んでいたが、吐く息は白い。
アリアはレオの隣を歩いていた。
正確には、歩いてはいる状態。
ただし距離は少し離れている。
「アリア王女」
「なんでしょう」
「寒くありませんか」
「問題ありません」
即答。
会話終了。
レオは少しだけ困ったように笑った。
ここ数日ずっとこうだ。
アリアは丁寧だ。
礼儀正しい。
しかし、妙に距離がある。
前回の件も含め、嫌われているとまでは思わない。
けれど壁を感じる。
そんなことを考えているとは知らず、アリアは必死だった。
(無理無理無理無理……)
二人で王都を歩く。
それだけで心臓がうるさい。
しかも今日はたくさんの人目もある。
婚約者同士として見られている。
それを意識すると余計に落ち着かない。
「こちらが中央市場です」
なんとか説明を続ける。
王女として、案内役として。
一つ一つ、丁寧に。
すると市場の人々も二人に気づき始めた。
「王女様だ」
「隣はこないだから来てる皇子か?」
「随分若いな」
小さなざわめきが広がる。
その時だった。
市場の端から、小さな泣き声が聞こえた。
「お母さーん!」
五歳ほどの男の子だった。
人混みに押され、親とはぐれたらしい。
涙目で辺りを見回している。
だが周囲の大人たちは忙しく、なかなか誰も声をかけない。
アリアが足を止める。
その横で、レオは迷うことなくしゃがみ込んだ。
「どうしたんだ?」
子どもと目線を合わせる。
声も優しい。
男の子はぐすぐす泣きながら事情を説明した。
レオは最後まで聞き終えると、ぽん、と頭を撫でる。
「大丈夫だ」
不思議と安心させる声だった。
「一緒に探そう」
男の子がこくりと頷く。
その様子を見ながら、アリアは少し驚いていた。
皇子が自ら動くのか。
騎士に任せてもよかったはずだ。
だがレオは当然のように手を引き、人混みの中へ入っていく。
やがて十分ほどして。
「あっ!」
遠くから女性の声が響いた。
母親だった。
泣きながら駆け寄り、息子を強く抱きしめる。
周囲から安堵の声が漏れた。
「ありがとうございました!」
何度も頭を下げる母親へ。
レオは穏やかに微笑む。
「無事で何よりです」
それだけだった。
恩着せがましさもなく、誇る様子もない。
まるで当たり前のことをしただけのように。
その光景を見ていた市場の人々の空気が少し変わった。
「優しい方なんだな」
「噂と違うじゃないか」
「敵国の皇子だと思っていたが……」
そんな声が聞こえてくる。
アリアもまた、黙ってレオを見つめていた。
すると。
「アリア王女?」
レオがこちらを見る。
金色の瞳と目が合う。
「……なんでしょう」
「先程から見つめられている気がするのですが」とニコニコした眼差しで言ってきた。
「見ていません」と反射的に返してしまった。
レオは一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。
まるで、全てお見通しだと言わんばかりに。
その笑顔を見た瞬間。
アリアの心臓は再び大きく跳ねる。
(だから、その笑顔は反則なのよ……)
もちろん、そんな本音を口にできるはずもなかった。




