タオルと温かい紅茶
「……では、こちらを」
レオたちが王城へ戻ってきた頃には、既に応接室の暖炉には火が入れられていた。
ルエナは侍女たちと共に、温かな紅茶と乾いたタオルを用意している。
「お気遣いありがとうございます」
レオは軽く礼を述べながら、差し出されたタオルを受け取った。
濡れた黒髪から、小さく雪が落ちる。
その様子を見ていた騎士の一人が、感心したように息を吐いた。
「まさか皇子自ら荷車を持ち上げるとは思いませんでした」
「放っておけなかっただけです」
レオは淡々と答える。
まるで特別なことをした自覚がないような声音だった。
するとルエナが、さりげなく口を開いた。
「アリア様もご心配されておりました」
まさかなことで、レオの手が止まる。
「……アリア王女が?」
「はい。お戻りになられたら、温かいものを用意するよう仰せつかっております」
それを聞いたレオはほんの少しだけ目を丸くした。
——意外だった。
ここ数日、アリアは驚くほど冷淡だったからだ。
必要以上に距離を取り、事務的に接し、感情も見せない。
やはり警戒されているのだろうと、そう思っていた。
「……そうですか」
レオは小さく呟く。
その金色の瞳が、僅かに和らいだ。
ルエナはそんな彼を見ながら、内心でため息を吐く。
アリア様も今回ばかりは少しやりすぎでは……
もしかすると、レオ皇子も国のためではなく、純粋にアリア様をお慕いしているのでは。。。
なんて考えたりも。
となると厄介なことに、片方は恋愛経験ゼロの“氷の王女様”。
もう片方は、そんな彼女の本心をまだ掴みきれていない皇子。
噛み合いそうで、絶妙に噛み合わない二人。
歯がゆい。ここまで来ると、なぜだか応援したいものだ。
だがその時。
「失礼いたします」
応接室へ、一人の騎士が慌てた様子で入ってきた。
「ヴァルディア侯爵がお呼びです」
空気が少し変わる。先ほどまでの和やかな雰囲気は消えた。
静かに視線を上げるレオ。
「……何か?」
「本日、貴族会議が行われまして」
騎士は言いにくそうに言葉を濁す。
そして。
「“敵国の皇子を王配にするべきではない”という声が、以前より強まっております」
静寂が落ちた。
ルエナの表情も僅かに曇る。
やはり始まったのだ。
婚約反対派の動きが。
けれどレオは、驚くほど落ち着いていた。
「そうですか」
それだけだった。
焦りも怒りもない。
むしろ、最初から分かっていたと言わんばかりに。
「……皇子」
騎士が不安そうに眉を寄せる。
だがレオは静かに微笑んだ。
「問題ありません」
そして、窓の外へ視線を向ける。
雪の降る中庭。
その向こうには、先程までアリアが立っていた場所が見えた。
「まだ始まったばかりですから」
その声音は穏やかだった。
けれど金色の瞳の奥には、静かな闘志が宿っていた。




