ヴァシリウスは幼な妻を見せびらかしてマウントを取りたい――その一
『俺は結婚した、誰よりもチャーミングな妻がいるのだ!』(ヴァシリウス談)
俺は今、人間椅子になって幼な妻――ノアを後ろから抱っこしている。
いい年(三十歳)してみっともないだと?
そんなことはない!
柔らかい幼な妻の感触がいいのだ!
とうとう俺は妻帯者の仲間入りを果たしたのだ。
(さわさわさわ……いい匂い……このままベッドに連れ込みたい)
前回ノアを発掘現場へ連れて行ったら。
『伯爵様にこのようなご息女がいらしたとは、存じ上げませんでした』
『何を言っている、俺の妻だ。それに俺は伯爵ではなく侯爵だ』
『そ、そうでいらっしゃいました、大変失礼いたしました』
『俺の妻は誰よりも可愛いのだ』
『『……』』
……足りない。マウントが足りなすぎる。もっとノアを見せびらかして、『結婚できなかった男』という不名誉をぶっ潰す!
なにしろ俺の妻は『聖女』なのだから。
引っ張り回しすぎて途中で逃げられたが……。
「ノアの髪の毛の匂いは灼熱の砂漠のようだ。大学時代、発掘現場で倒れそうになったことを思い出す」
「わたしの髪の毛と発掘を一緒にしないでください。散歩してきたから紫外線の影響で匂いが強くなったということ? 今夜は念入りに頭皮用ハーブ石鹸で洗わなくちゃ。ブラッシングもローズマリー精油で念入りに」
「ノアは意外と科学用語を知っているんだな」
「科学用語じゃないですよ、旦那様」
「ほぅ? ところで、俺のことは名前で呼ぶよう言ってあったはずだが」
「名前で呼ぶといいことありますか?」
「また発掘調査に連れて行ってあげるから」
「……(寺院の祈祷をサボれるから)いいですけれど、前回みたいに連れ回さないで下さい。発掘調査なのにパーティーって、訳が分かりません。またトンズラしますよ?」
「も、もちろん! この前は振り回し過ぎたと反省しているよ。ただね、発掘が上手く行くように根回しすることは必要なんだ」
「今度の現場はどこですの?」
「アンゲル国南西部の海岸地帯だ」
「わあっ、洞窟探検できるかな、洞窟には隠された宝物や麻薬があるのかな、ボートはありますか」
「あると思うよ」
「じゃあ、ホテルは?」
「それは……ハッ、また逃げ出そうなどと考えているな!」
「だって海岸なんでしょ、リゾートホテルあるでしょ」
「今回もそれなりのホテルが海岸都市にあるが……では、俺たち主要メンバーは現場近くの広いコテージで過ごそう」
「ヤッター、海岸リゾートのコテージで探検三昧! ヴァシリウス! ヴァシリウス! ヴァシリウス!」
妻は目をキラキラさせ、両腕を波のように上下して俺を煽った。
これは俺に何かを強請るシグナルだ。
分かってはいる……だが……。
(くっ、可愛い……プックリした唇を型にとって『聖女様の唇』として国立博物館に展示したい。来場者がたくさん来るに違いない。いっそのこと聖女博物館でも建てるか? 聖女のためなら国からたんまり補助金がもらえるに違いない、フフフフ……)
※
――発掘調査出発直前。妻が大きな麻袋を引きずってエントランスに現れた。不穏な音がする……。
ガッチャガッチャ、ガッチャガッチャ……。
「ノア、その無駄に大きい袋に入っているのは何だ?」
「ロングスタンガン(本物)と、公式ライトセーバー(光って音が出るだけの超高級オモチャ)、その他もろもろ」
「まさかとは思うが、武器ではないのか? 見せなさい!」
ガラガラ、ガシャン。
「何だ、これ?」
「防犯用スタンガンとか……」
「こんな物騒なものを貴族の夫人が持ってはいけない。今回は(ノアを逃亡させないための)護衛が付くんだから、置いていきなさい」
「だって殺人者が怖いじゃないですか。列車や洞窟や発掘現場には殺人者がいるじゃないですか。大抵奥様が殺されるんですよ」
「どこ情報なんだよ、ミステリー小説の読みすぎじゃないのか。ここは平和な国だ。そんな奴はいないから置いていきなさい。盗まれたらどうするんだ、ボッシュート!」
「酷いです! また雷撃を食らわせますよ!」
ム厶ッ、契約更新のときのようにされては敵わない。
「そうはいくか!」
俺はノアの口と手をタオルで拘束して娯楽部屋に閉じ込め、薄い板のボタンを押して動く絵を適当に流した。溶けてグチャグチャの人間がたくさん現れた。ホラーな感じだけど、まぁいいか。
アレを倒して乾燥させれば骨格標本になりそうだ。大学に売れば儲かるかもしれない。
『フーッ、ンンー!』
(ハァ〜、『聖女』とは……)
俺はノアから取り上げた物騒な物体を、自分のトランクに詰め込んだ。
(念のため持って行こう)
※
今回の発掘現場は海岸沿いだ。ここから超古代文明らしき陶器の破片が発見された。領地から近いので、中部山岳地帯よりもアクセスがいいのだ。しばらくはここを拠点にして発掘することにしよう。
今回よい調査結果が得られれば……フフフフ。
大量の荷物を荷馬車に押し込め、俺とノアは快適な大型四頭馬車で移動した。
「わぁ~、海!」
「ノアは海を見たことがないのかな?」
「何回かありますけれど、海なし県だったから珍しいです」
「海なし県?」
「そうです」
確かに、アルバス領には海がない。
一時滞在用のホテルに到着したとたん、ノアは外套を脱ぎ捨てて海岸へ飛び出した。
「海〜!」
「待て、危ないじゃないか!」
「大丈夫ですよ」
ノアを見張らなければならない。彼女が海に引きずり込まれるかもしれないからな。
「片時も奥様から離れるなよ」
俺は侍女と軍隊上がりの護衛に念を押した。
「「もちろんです、ご主人様」」
※
そして迎えた発掘日前日、海岸沿いのホテル。
俺は愛らしい幼な妻を人形のように着飾らせてエスコートし、ホテルのガーデンへ行った。今回は侍女に加え護衛付きだ。
どこへも行かせない。
今日は昼からガーデンパーティーなのだ。チームヴァシリウスに妻を自慢するのだ。
「アルバス侯爵ご夫妻様、お待ちしておりました。あちらのお席にどうぞ」
「うむ」
「侯爵様、発掘に同行していただき、誠にありがとうございます。学術調査員全員からお礼を申し上げます」
「うむ。で、そちらの(年増の)レディーの方々は?」
「こちらは国立大学考古学教授の奥様、こちらは担当医の奥様、そしてこちらが測量士の奥様……」
「妻のノアだ。よろしく」
「そういえば前回でしたか、同行されておりましたわね」
「随分若い方なのでございますわね、お可愛らしいですわ」
「そうだ、ノアは誰よりも可愛いのだ」
「「「まあっ(メロメロか)!」」」
俺の妻は誰の妻よりも愛くるしいのだ!
つややかな黒髪茶目というエキゾチックな出で立ち、娘にも見えるピチピチガール。
妻とのはじめての子は女の子がいいな。
早く……したいな。
「ノア、皆さんに挨拶しなさい。ノア?」
自慢の妻を紹介しようとしたら、いなかった。さっきまで隣にいたのに。
「ええと……奥様はあちらへ行かれてしまわれたようですな」
ノアはバイキング料理を取っていた。しかも勝手に席について食べはじめているではないか――侍女や護衛と一緒に!
「自由な奥様ですな、ハハハ……」
「い、いや……彼女は自分に忠実なのだ」
「「「……(メロメロか!)」」」
☞次回、ノアに何かが起こります。




