34_悲壮なる急報
公爵邸の敷地の奥深く、静寂に包まれた別館のテラスでは、ふたりきりの穏やかな午後のお茶会が開かれていました。
吹き抜ける風は心地よく、庭園に咲き誇る季節の花々が、甘く優雅な香りを運んできてくれます。
テーブルに並べられているのは、王都で流行しているという色とりどりの焼き菓子と、香り高いハーブティー。
わたしはティーカップをそっと傾けながら、向かいの席でゆったりと微笑む愛しい夫、レインハルト様を見つめました。
先日のナタリア様の訪問や、国境付近の不穏な噂など、不安な要素は確かに存在しています。
それでも、こうして彼と二人きりで過ごす時間は、すべての憂いを忘れさせてくれるほどに甘く、平和なものでした。
激務の合間を縫って、わたしのためにこうして時間を作ってくださる彼の優しさが、心底嬉しかったのです。
「どうしたんだい、シャルロット。そんなに見つめて」
「ふふ、なんでもありませんわ。ただ、こうして穏やかな時間を過ごせるのが、とても幸せだと思っただけです」
「君が喜んでくれるなら、僕も嬉しいよ」
レインハルト様は優しく目を細め、わたしの髪を撫でるように手を伸ばしてこられました。
その大きく温かな掌の感触に、わたしは安堵の息を漏らします。
どこまでも平穏で、絵画のように美しい午後でした。
そんな穏やかな空気を破るように、控えめな、しかしどこか切迫した足音がテラスへと近づいてきました。
振り返ると、公爵家で長年働いている年配の侍女が、ひどく青ざめた顔をして立っていました。
彼女は熟練の侍女であり、滅多なことでは取り乱したりしない人物です。
その彼女が、息を乱し、言い淀むように視線を彷徨わせている姿に、わたしの胸の奥で小さな不安が頭をもたげました。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「……奥様、旦那様。誠に恐れ入ります。お寛ぎのところ、大変申し訳ございません」
「構わない。何か急ぎの報せか?」
レインハルト様が静かな、けれど威厳のある声で問いただします。
侍女は深く頭を下げたまま、震える声で報告を始めました。
「は、はい……。実は先ほど、ノルディア国にいる間者から、極秘の報告がもたらされまして……」
「ノルディアから?」
「はい。……ノルディア国の、ジュリアン王子殿下が、崩御されたとのことです」
カチャリ、と。
わたしが手にしていたティーカップが、ソーサーの上で小さく音を立てました。
ジュリアン王子。
その名を聞いた瞬間、心臓が冷や水を浴びせられたように縮み上がります。
かつてわたしたち夫婦に睡眠薬を盛り、レインハルト様を地下牢に、そしてわたしを押し倒し穢そうとした、あの傲慢な王太子。
ノルディアから帰国後も、不愉快な記憶として心の片隅にこびりついていた名前でした。
「崩御……亡くなった、ということですか? いったいなぜ……」
「それが……事の起こりは、実は半年以上も前のことらしいのです」
「半年以上前? それがなぜ、今頃になって報告されたの?」
「ノルディア国内において、王家による厳重な箝口令が敷かれていたためです。他国はもちろん、国内の一般市民にすら、事実が完全に伏せられていたようで……」
王族の死が半年も隠蔽されるなど、ただ事ではありません。
病死や事故であれば、公式に発表し、国葬を行うのが当然の義務です。
それを隠さなければならなかった理由。
侍女はさらに声を潜め、まるで口にするのもおぞましいというように、報せの続きを口にしました。
「……報告によりますと、ジュリアン王子は、王都のはずれにある高級娼館にて、無惨なご遺体となって発見されたとのことです」
「高級娼館で……?」
「はい。……その、お耳に入れるのも汚らわしいことなのですが……王子は、ご自身の男性器を根元から切り取られており、それが致命傷となって絶命していたそうです」
息を呑む音が、自分自身の喉から漏れました。
頭の芯が真っ白になり、言葉の意味を理解するのに時間がかかる。
男性器を、切り取られて。
あまりにも残酷で、王族の死に様としては到底考えられないような凄惨な最期でした。
王家が威信にかけて事実を隠蔽しようとした理由も頷けます。
そのような醜聞が明るみに出れば、王家の権威は地に堕ち、国が傾きかねない事態になるでしょう。
「そんな……嘘でしょう? いくらなんでも、一国の王子がそのような……」
「事実のようです。長らく伏せられていたその事件が、なぜ今になって市井に知れ渡ったかといいますと……」
侍女は一つ唾を飲み込み、青ざめた顔をさらに強張らせました。




