表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/42

34_悲壮なる急報

 公爵邸の敷地の奥深く、静寂に包まれた別館のテラスでは、ふたりきりの穏やかな午後のお茶会が開かれていました。

 吹き抜ける風は心地よく、庭園に咲き誇る季節の花々が、甘く優雅な香りを運んできてくれます。

 テーブルに並べられているのは、王都で流行しているという色とりどりの焼き菓子と、香り高いハーブティー。

 わたしはティーカップをそっと傾けながら、向かいの席でゆったりと微笑む愛しい夫、レインハルト様を見つめました。


 先日のナタリア様の訪問や、国境付近の不穏な噂など、不安な要素は確かに存在しています。

 それでも、こうして彼と二人きりで過ごす時間は、すべての憂いを忘れさせてくれるほどに甘く、平和なものでした。

 激務の合間を縫って、わたしのためにこうして時間を作ってくださる彼の優しさが、心底嬉しかったのです。


「どうしたんだい、シャルロット。そんなに見つめて」

「ふふ、なんでもありませんわ。ただ、こうして穏やかな時間を過ごせるのが、とても幸せだと思っただけです」

「君が喜んでくれるなら、僕も嬉しいよ」


 レインハルト様は優しく目を細め、わたしの髪を撫でるように手を伸ばしてこられました。

 その大きく温かな掌の感触に、わたしは安堵の息を漏らします。

 どこまでも平穏で、絵画のように美しい午後でした。


 そんな穏やかな空気を破るように、控えめな、しかしどこか切迫した足音がテラスへと近づいてきました。

 振り返ると、公爵家で長年働いている年配の侍女が、ひどく青ざめた顔をして立っていました。

 彼女は熟練の侍女であり、滅多なことでは取り乱したりしない人物です。

 その彼女が、息を乱し、言い淀むように視線を彷徨わせている姿に、わたしの胸の奥で小さな不安が頭をもたげました。


「どうしたの? そんなに慌てて」

「……奥様、旦那様。誠に恐れ入ります。お寛ぎのところ、大変申し訳ございません」

「構わない。何か急ぎの報せか?」


 レインハルト様が静かな、けれど威厳のある声で問いただします。

 侍女は深く頭を下げたまま、震える声で報告を始めました。


「は、はい……。実は先ほど、ノルディア国にいる間者から、極秘の報告がもたらされまして……」

「ノルディアから?」

「はい。……ノルディア国の、ジュリアン王子殿下が、崩御されたとのことです」


 カチャリ、と。

 わたしが手にしていたティーカップが、ソーサーの上で小さく音を立てました。


 ジュリアン王子。


 その名を聞いた瞬間、心臓が冷や水を浴びせられたように縮み上がります。

 かつてわたしたち夫婦に睡眠薬を盛り、レインハルト様を地下牢に、そしてわたしを押し倒し穢そうとした、あの傲慢な王太子。

 ノルディアから帰国後も、不愉快な記憶として心の片隅にこびりついていた名前でした。


「崩御……亡くなった、ということですか? いったいなぜ……」

「それが……事の起こりは、実は半年以上も前のことらしいのです」

「半年以上前? それがなぜ、今頃になって報告されたの?」

「ノルディア国内において、王家による厳重な箝口令が敷かれていたためです。他国はもちろん、国内の一般市民にすら、事実が完全に伏せられていたようで……」


 王族の死が半年も隠蔽されるなど、ただ事ではありません。

 病死や事故であれば、公式に発表し、国葬を行うのが当然の義務です。

 それを隠さなければならなかった理由。

 侍女はさらに声を潜め、まるで口にするのもおぞましいというように、報せの続きを口にしました。


「……報告によりますと、ジュリアン王子は、王都のはずれにある高級娼館にて、無惨なご遺体となって発見されたとのことです」

「高級娼館で……?」

「はい。……その、お耳に入れるのも汚らわしいことなのですが……王子は、ご自身の男性器を根元から切り取られており、それが致命傷となって絶命していたそうです」


 息を呑む音が、自分自身の喉から漏れました。

 頭の芯が真っ白になり、言葉の意味を理解するのに時間がかかる。


 男性器を、切り取られて。


 あまりにも残酷で、王族の死に様としては到底考えられないような凄惨な最期でした。

 王家が威信にかけて事実を隠蔽しようとした理由も頷けます。

 そのような醜聞が明るみに出れば、王家の権威は地に堕ち、国が傾きかねない事態になるでしょう。


「そんな……嘘でしょう? いくらなんでも、一国の王子がそのような……」

「事実のようです。長らく伏せられていたその事件が、なぜ今になって市井に知れ渡ったかといいますと……」


 侍女は一つ唾を飲み込み、青ざめた顔をさらに強張らせました。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ