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28_終わらない悪夢と甘い微睡み レインハルトside

 ジュリアンへ宛てた『贈り物』の運搬役として、レオノーラに暗示をかけることには成功した。

 僕はしかし、白百合の香りが充満する地下室の冷たい石床を見下ろしながら、思案していた。


 僕たち夫婦の仲を引き裂こうとし、あろうことかシャルの純白のドレスを汚す手引きをしたこの女にも、それ相応の個人的な報復を与えるべきだろうか、と。


 精神を支配され、虚ろな瞳で地面にへたり込むレオノーラを一瞥する。

 シャルロットとはまた別の魅力をたたえた、若く美しい容貌。

 僕を陥落させようとノルディアでも稀な美女を送ってきたのだろう。


「――君の最も大切なものはなんだ?」


 僕は身を屈め、彼女の耳元へと顔を寄せた。

 鼓膜を直接震わせるような重低音の声に、抗いようのない魔力をたっぷりと含ませる。

 彼女の自我の奥底にある最も脆い部分へと、無理矢理に思考を向けさせるために。


「あたしは……あたしの、美しさ……ノルディア一の美貌と……この、からだ。誰もが、あたしに跪いたわ……」


 焦点の合わない瞳のまま、彼女は恍惚とした、けれどどこか空っぽな声で答えた。

 自分の肉体と、それに群がる男たちの欲望。

 それこそが彼女の絶対的な価値であり、アイデンティティなのだ。


「……なるほど」


 僕はひどく冷めた声で呟いた。


「……つまらないな。さて、どうするか……」


 たったそれだけの、表面的な美しさ。

 僕がシャルロットに抱く、魂の髄まで焦がすような狂おしい執着に比べれば、あまりにも薄っぺらく、吐き気がするほどくだらない。


 だからこそ、僕は彼女のその「最も大切なもの」を、彼女自身の手で最も無価値なものに成り下げるような、極上の絶望を与えてやることにした。


 僕は立ち上がり、虚ろな彼女の頭上から、ある言葉を静かに紡いだ。


 それは彼女の魂の形を根本から歪め、永遠に満たされることのない渇きを与える、残酷で美しい呪いだった。

 何をされたのかさえ気づかぬまま、彼女の運命はここで完全に決定づけられたのだ。




 ***




 地下室を後にし、本館の大広間へと戻る。

 冷たい夜気が、僕の纏っていた血と土と百合の匂いを少しだけ払拭してくれた。

 控えていた初老の執事を呼び寄せ、僕は淡々と指示を下した。


「地下にいるあの女を、今すぐノルディア行きの船に乗せろ」

「……は?」


 常に能面のような冷静さを保つ執事が、一瞬だけ怪訝な顔をした。

 公爵閣下が、奥様を傷つけようとした元凶である女に何の身体的苦痛も与えず、ただ国へ送り返すだけだというのか。

 そんな疑問が、彼の僅かに見開かれた目に浮かんでいた。


 しかし、彼は我が家の優秀な影だ。

 すぐにいつもの表情へと取り直し、深く一礼した。


「……御意に。直ちに手配し、連行いたします」


 それでいい。

 彼ら使用人が僕の描いた地獄の深淵を理解する必要はない。

 僕は軽く手を振り、執事を下がらせた。




 本館の冷たい空気を完全に切り離し、僕はシャルロットの待つ別館の主寝室へと足を踏み入れた。

 分厚い扉を閉めると、そこには甘く、温かい、僕の最愛の妻の匂いだけが満ちている。

 静かな足取りでベッドへと近づくと、シャルロットは先ほどと変わらぬ姿勢で、安らかな寝息を立てていた。


 薄紫の髪が白い枕に広がり、少しだけ開いた桜色の唇が愛らしい。

 僕はガウンを脱ぎ捨て、その温かいシーツの中、彼女のすぐ隣へと滑り込んだ。


 僕の体温を感じ取ったのか、彼女は無意識に寝返りを打ち、僕の胸元へとすり寄ってくる。僕はその細く白い指をそっと取り、自分の指と隙間なく絡め合わせた。


 熱い肌と肌が触れ合い、彼女の鼓動が直接僕の心臓に伝わってくる。

 この瞬間だけが、僕に本物の幸福と安らぎをもたらしてくれるのだ。


「全部終わったよ。君を傷付けようとした者は全て処理した」


 僕は、眠る彼女の耳元で、誰にも聞かれることのない秘密を甘く囁いた。


「あのメイドの振りをしていた娼婦には、ジュリアンを恋焦がれるように強く暗示してあげたからね。……そして、それは永劫に叶うことはないだろう」


 ノルディアに戻ったレオノーラは、僕の小瓶をジュリアンに飲ませる。

 その瞬間、ジュリアンはシャルロットへの絶対的な渇望に支配され、完全に発狂する。

 一方でレオノーラは、その狂ったジュリアンを、自身の命を投げ出すほどに深く、熱烈に愛してしまうのだ。

 どれほど彼女が自慢の美貌と身体を差し出そうと、ジュリアンの目には僕の妻の幻影しか映らない。


 彼女は、決して自分を見ることのない男に永遠に恋焦がれ、その惨めな泥沼の中で、自分の最も大切にしていた「美しさ」が何の役にも立たないという絶望を、死ぬまで味わい続ける。


 それこそが、僕の黄金の檻に石を投げた者たちに相応しい、完璧な喜劇の結末だ。


 僕はシャルロットの滑らかな額に、愛おしさを込めて深く口付けた。

 外の世界でどれほど醜い地獄が繰り広げられようと、彼女がそれを知る必要は一切ない。

 彼女はただ、僕の腕の中で、僕の果てしない愛に守られて生きていればいい。




「良い夢を。……シャル、愛している」



 指先をさらに強く絡め合わせ、僕は妻の甘い温もりの中で、静かに幸せな眠りについた。









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