24_僕のプリンセス レオノーラside
あまりにも幻想的で、神聖すぎる光景だった。
数秒前まで、赤ワインを被った「惨めで汚された被害者」だった二人は、今や、魔法の光を纏って「神界から舞い降りた絶対的な主役」へと、その立場を完全に逆転させていた。
シン、と。
広場全体が、息を呑むような静寂に包まれた。
誰もが、目の前で起きた奇跡に言葉を失い、ただその圧倒的な美しさに魂を奪われていた。
そして、誰からともなく漏れた感嘆の溜息を皮切りに。
「う、うわぁぁぁぁ……っ!!」
「ブラボー!! 公爵閣下!!」
「なんという美しさだ!! これぞシルバードの至宝!!」
固唾を呑んで見守っていた数百人の招待客から、地鳴りのような歓声と、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
誰も、彼らを笑い物になどしていない。
彼らは汚されることで、かえって彼らの持つ「格」が、常人のそれとは違う、人間離れしたものであることを証明してしまったのだ。
あたしの仕組んだ悪意に満ちたワインの罠は、公爵が愛する妻に魔法のドレスを贈るための、最高の演出装置として利用されただけだった。
「……う、うそでしょ……」
王宮の庭園の暗がりで、あたしはガクガクと震える膝から崩れ落ち、泥の地面に腰を抜かして座り込んだ。
全身の血の気が引き、指先が氷のように冷たくなっていくのがわかる。
あたしが必死に練り上げ、三億フランの夢を懸け、女のプライドを懸けて実行した復讐劇。
それは、レインハルトという男にとっては、最愛の妻に「新しいドレス」をプレゼントするための、ほんの些末な、取るに足らない余興に過ぎなかったのだ。
(これが……王国最強の魔導師……)
あたしは、ガチガチと鳴る歯を食いしばりながら、光り輝く公爵を見つめた。
あたしが色仕掛けで落とそうとした男。
あたしが小賢しい罠で恥をかかせようとした男。
(あたしが挑もうとしていたのは、……人間じゃなかったんだわ……)
あたしは、自分がどれほど愚かで、身の程知らずで、底の知れない深淵の淵を目隠しで歩いていたのかを、ここに至ってようやく理解した。
もしあの時、奥様の信頼を失わせてしまったあの日。
彼があたしを殺そうと思えば、息を吐くよりも簡単に、あたしはこの世から消し炭にされていたはず。
歓声が響き渡る光の中心で、公爵はまるで忠誠を誓う騎士のように跪き、夫人の白い手を取った。
そして、その手の甲に恭しく口付けを落とすと、世界で一番優雅な仕草でエスコートを開始した。
「さあ、行こう。僕のプリンセス」
「ええ、わたしの王子様。……いえ、魔法使いかしら」
奥様は世界中のどんな宝石よりも幸せそうに微笑み、夫の腕に身を預け、最初の一歩を踏み出した、その瞬間。
ふわり……。
シャルロット夫人のドレスの裾が揺れるたび、そこから黄金の光の粒子と共に、淡いピンクや純白の花びらが、まるで湧き水のように溢れ出した。
「まあ……っ!」
驚く彼女に、閣下は優しく微笑みかける。
「君が歩く場所は、すべて花園になるべきだからね。……さあ、舞踏会に行こうか」
二人が歩くたびに、花びらの舞は渦を巻き、王宮庭園に甘く清らかな香りを振りまいていく。
それは魔力で紡がれた幻の花だったが、本物以上に瑞々しく、触れた者の心を穏やかに溶かしていくようだった。
舞い散る花びらは、二人の周囲で祝福のアーチを描き、月の光を受けてキラキラと輝く。
星糸のドレスの輝きと、舞い踊る花吹雪。
その幻想的な光景は、現実の世界とは思えないほど美しい絵画のようだった。
「ふふっ、夢みたい……。レインハルト様といると、いつも素敵なことが起こりますわ」
「夢じゃないさ。君が素晴らしいから、魔法もそれに応えようとするんだ。……愛しているよ、シャル」
「わたしもですわ、あなた……」
二人は周囲の視線など完全に忘れ、お互いの瞳の中だけに広がる世界に没頭していた。
数百人の貴族たちも、ただただその奇跡のような光景に見惚れ、ため息を漏らすことしかできなかった。
その光の輪の外側、暗い物陰で。
あたしは自分の惨めな計画が、これ以上ない形で二人の愛を引き立てる「演出」になってしまった現実を直視できず、暗い石畳をいつまでも眺めていた。
舞い散る美しい花びらが、一枚、また一枚と、あたしの足元にも落ちてくる。
そのあまりにも清らかな美しさは、あたしの心に残っていた最後の毒気すらも浄化してしまうようで、あたしは声も出さずに、ただ涙を流すしかなかった。
光と花に包まれた最強の夫婦のダンスは、その夜、王宮の伝説として長く語り継がれることになったのだ。




