遊園地3
昼を少し過ぎた頃。
遊園地の中心にある広場まで歩いてきた俺たちは、ベンチに腰を下ろしていた。
休日ということもあって、人はかなり多い。
子供の笑い声。
遠くから聞こえるジェットコースターの悲鳴。
ポップコーンの甘い匂いに混ざる、ソーセージや揚げ物の香り。
腹が減る。
……いや、かなり減っている。
「お腹すいた」
案の定、ユキナが腹を押さえていた。
「さっきまで元気だったじゃん」
「遊園地って体力使うの!」
幽霊なのに。
そう思ったが、もうツッコむのも野暮な気がした。
フードコートへ向かう。
メニューを見ながら、俺は少しだけ財布の中身を気にした。
高い。
遊園地価格だ。
笑えるくらい高い。
カレー一杯でこの値段かよ。
だが。
今日だけはケチりたくなかった。
「何食べたい?」
そう聞くと。
ユキナは真剣な顔でメニューを見始めた。
「こういう時って……チュロス食べるんじゃない?」
「飯じゃない」
「えへへ」
結局。
ホットドッグとポテト、それからチュロスを買った。
もちろんユキナの分も。
テーブル席に座る。
「いただきまーす!」
ユキナが嬉しそうに両手を合わせる。
皿に供える。
すると。
「あっ……!」
ユキナの顔がぱっと明るくなった。
「今日のホットドッグ、美味しい!」
「供えたやつ毎回感想言うよな」
「大事でしょ!」
幸せそうに笑う。
俺もホットドッグを一口。
……うまい。
正直、味は普通だ。
でも。
外で食べる飯ってなんでこんなうまいんだろうな。
ユキナはポテトを見つめながら言った。
「こういうの、憧れてたんだ」
「憧れ?」
「友達と遊園地来てさ、みんなで『一口ちょうだい』とか言いながら食べるの」
その声は、少しだけ静かだった。
いつもの元気なユキナじゃない。
俺は少しだけ言葉に詰まった。
きっと。
夢だったんだろう。
普通の高校生みたいな日常が。
当たり前の青春が。
でも、それは叶わなかった。
俺は少し考えてから、チュロスを差し出した。
「ほら」
「え?」
「一口ちょうだいってやつ」
一瞬。
ユキナが目を丸くする。
それから。
ふっと笑った。
「……ありがとう」
少しだけ。
その笑顔が寂しく見えた。
昼食を終えた後。
俺たちは園内を歩いていた。
途中、パレードが始まった。
音楽が鳴り響き、派手な衣装を着たキャストが踊っている。
子供たちが目を輝かせる。
ユキナも負けてなかった。
「わぁーーー!」
めちゃくちゃ手振ってる。
全力。
誰にも見えてないけど。
「お姉さんこっち見た!」
「見えてないと思うぞ」
「見たの!」
反論が強い。
でも、楽しそうで何よりだ。
その後。
俺たちは、園内をぶらぶら歩いていた。
すると。
遠くから。
――ギャアアアアアア!!!
ものすごい悲鳴が聞こえてきた。
見上げる。
巨大なレール。
急降下。
ねじれる軌道。
ジェットコースターだった。
「……」
隣を見る。
ユキナが、じっと見上げていた。
嫌な予感がする。
「……あれ乗りたい」
やっぱり。
「絶対無理だろ」
「なんで!?」
「怖いやつじゃん」
「遊園地って絶叫系乗るものでしょ!」
「いや、お前さっきお化け屋敷で叫んでただろ」
「あれは別!心の準備なかったし!」
「これも同じ未来しか見えない」
だが。
ユキナはじっとこちらを見る。
「……だめ?」
少し上目遣い。ずるい。
「……一回だけだからな」
「やったーーー!!」
満面の笑み。
列に並ぶ。
休日だけあって、そこそこ長い。
近くを通るジェットコースターから、また悲鳴が聞こえた。
「……なあ」
「なに?」
「ほんとに乗るのか?」
「もちろん!」
そう言いながら。
手すりを握る指が、微妙に強い。
「怖いんじゃねえの?」
「こ、怖くないし?」
「声震えてる」
「震えてない!」
強がりだった。
数十分後。
俺たちは座席に座っていた。
安全バーが降りる。
ガコン。
固定される音。
「……なあ、まだ降りれるぞ」
「だ、大丈夫だし」
顔が少し青い。
ゆっくりと。
コースターが上がっていく。
カタ、カタ、カタ――
高くなる景色。
街が小さくなる。
遊園地全体が見える。
そして。
てっぺん。
一瞬の静寂。
「……高くない?」
「今さら?」
次の瞬間。
急降下。
「ぎゃああああああああああ!!!」
すごかった。
本当にすごかった。
風。重力。悲鳴。
隣を見る余裕なんてなかった。
回転。
急カーブ。
浮く感覚。
「無理無理無理無理ーーー!!」
ユキナの叫び声が響く。
数分後。
ベンチ。
俺たちは並んで座っていた。
「……」
「……」
「……もう二度と乗らない」
「言っただろ」
「遊園地って命削る場所なの?」
「そこまでではない」
「でも……楽しかった」
その顔は、少しだけ疲れていて。
でも、ちゃんと笑っていた。
「次はもっと平和なやつ乗ろう」
「観覧車とか?」
「それは最後でしょ!」
なぜかルールがあるらしい。
次に俺たちは、ゲームコーナーで射的を見つけた。
「やりたい!」
「お前撃てないだろ」
「見てる!」
結局、俺がやることになった。
景品は小さなぬいぐるみ。
正直、自信はなかった。
だが。
「右右!もうちょい右!」
「監督うるさい」
「そこ!」
パン。
外れる。
「下手ーー!」
「うるせえ!」
数回挑戦して。
なんとか一つ倒せた。
小さなイルカのぬいぐるみ。
店員から受け取る。
「ほら」
ユキナに差し出す。
すると。
少しだけ固まった。
「……いいの?」
「欲しかったんだろ」
「でも持てないし」
確かに。
幽霊だから物は触れない。
……いや。
少し考えて。
「家に置いとけばいい」
俺がそう言うと。
ユキナは少しだけ俯いた。
そして。
「……ありがとう」
小さな声だった。
でも、すごく嬉しそうだった。
その顔を見て。
俺はなんとなく思った。
ああ。
連れてきてよかった。
本当に。
よかった。
夕方。
空が少しずつ橙色に染まり始めていた。
遊園地特有の、終わりが近づく空気。
どこか寂しい時間。
俺たちは少し歩き疲れて、ベンチに座っていた。
すると。
ユキナが、ふと遠くを指差した。
「……最後、あれ乗りたい」
観覧車だった。
夕日に照らされた巨大な観覧車。
ゆっくりと回る。
遊園地の締めみたいな存在。
「いいよ」
そう言って立ち上がる。
列に並ぶ。
夕方だからか、カップルが多い。
若干気まずい。
いやかなり気まずい。
「なんかデートっぽいね」
ユキナがニヤニヤしていた。
「……うるさい」
「照れてる?」
「うるさい」
笑われた。
くそ。
数十分後。
ゴンドラに乗り込む。
扉が閉まる。
ゆっくり。
ゆっくり。
景色が上がっていく。
沈みかけの夕日。
街並み。
遠くの山。
ユキナは窓の外を見ていた。
楽しそうで。
でも、少しだけ寂しそうで。
その横顔を、俺は見ていた。
すると。
ユキナがぽつりと言った。
「今日、楽しかった」
小さな声。
「ほんとに、楽しかった」
その言葉に、なぜか胸がざわついた。
楽しかった。
まるで。
終わりみたいな言い方だったから。




