夜になると開きたくなる扉
お題 : わたしの好きな扉
必須要素 : 手帳
制限時間 : 1時間(即興小説バトル参加作品)
その扉は、いつも火曜と金曜になるといつの間にか鍵が解放されていた。
逆に言えば、他の曜日になるとその扉はいつの間にか固く施錠されていた。
ドアノブは嫌に錆び付いていた。扉は無駄に重かったように記憶している。
開けようとすると蝶番が軋んでやけに引っ掛かるし、手を離しても扉が固まったように動かず、力を目一杯込めて押さないと中々閉められない。
きっと防犯と利便性の両方を見据えてそうなっていたのだろう。普段は開けにくいように、それでいて必要な時は開きっぱなしにできるようにしてあるのだ。
あんな扉を定期的に開け閉めしている人間は、さぞかし大変だろう。
とはいえ、どこのどいつがどの時間帯に鍵を開け閉めしているのかを知っていた奴はいないし、きっとどうでもいいことだった。
ただ一つ確かなこと。
町外れの寂れたアパートの入り口付近に備え付けられた石煉瓦造りのゴミ捨て場が、あの頃の俺たちの集合場所だった。
住民たちが無造作にゴミ袋を投げ込み、夜になるとうず高く積もった廃棄物の山がそこに現れる。九時頃にもなると住民たちはあらかたゴミ出しを終えていて、ゴミ捨て場を訪れる人間は滅多にいない。
だから俺たちがゴミ捨て場にたむろしていても、誰も咎める奴はいなかった。
そんなわけで毎週火曜と金曜になると、俺たちは互いに示し合わせるわけでもなく、それでいて特段の目的もなくあのゴミ捨て場にふらりと集まっていた。
ーーー
なんでそんなことを急に思い出したのだっけか。
ああ、そうだ。
手帳だ。
先日実家で自分の部屋の片付けをしていたときに、古いアルバムやレコードと一緒に見つかった一冊の手帳。そこに書き殴られていたのは、かつてあのゴミ捨て場に集まった仲間たちと一緒に考えた歌詞の羅列だった。
確かあの頃、しょうもないリリックを考えて披露しあうのが仲間内で流行っていたんだったっけか。
ゴミの山に腰掛けながら、お互いに歌詞をひねり出し合うのが何故か妙に楽しかったんだ。
なんでゴミ捨て場に集まるようになったんだっけ。
そうか、当時流行りの楽曲の歌詞に感化されたんだっけか。
既成の楽曲のパクリみたいな歌詞から、等身大の想いを吐露するポエムまで、読んでいるこっちが恥ずかしくなるような文字の羅列がその手帳には延々と書き記されていた。
昔の自分は結構マメな性格だったのかもしれない。
見つかるまではこんな手帳の存在すら忘れ去っていたが、読み進めるうちにあの頃の気持ちがだんだんと鮮明に思い出されてくる。
どうしようもない連中だったけど。
しょうもないことばっかりしていたけど。
あの頃は確かに、毎日が楽しかったよなぁ。
そう思うにつれて、ふと思いつく。
あのゴミ捨て場、今はどうなっているんだろう。
ーーー
そういうわけで今日、俺は十年ぶりにあのゴミ捨て場にやってきた。
相変わらず寂れたアパートだが、どうやらまだ健在のようだった。
折しも今は火曜の昼。
昔と変わらずゴミ出しの日らしく、ゴミ捨て場の扉は開けっ放しになっていた。
あの頃と何も変わっちゃいない光景がそこにあった。
足りないものがあるとすれば、かつての仲間たちが周りにいないことくらいだろう。
あいつら、今頃どこでなにやってんのかな。
あの頃の俺たちは、音楽の道に進みたいなんて夢みたいなことを語り合っていたけれど。
テレビをつけたって誰の名前も聞きゃしねえもんな。
あの頃に擦り切れるほど聞いた楽曲が不意に頭の中に流れ出す。
それを振り払うように、俺は例の手帳をこっそりとゴミ袋の山の中に投げ捨てる。
だけどこの胸の中の気持ちを追い出すには、もう少しばかり時間が必要のようだった。
【後書き】
お題を見て真っ先に「せっかくだから赤の扉を選ぶ、伝説のガンシューティングゲーム」を連想してしまった。
それに引っ張られる形で銃撃戦メインのコメディを書こうかなと思い立った記憶がある。
しかしその時は銃撃戦というものを文章で描写するハードルが思いのほか高いように私には感じられた。
結局はお題の「扉」からの連想で、分かる人には分かる「切ない気持ちのゴミ捨て場」というフレーズから想像を膨らませつつ、真っ当にノスタルジックな読後感を目指して本作は書かれたのだった。




