嘘の火事通報は犯罪です
お題 : 嘘の火事
必須要素 : 10円玉
制限時間 : 1時間(即興小説バトル参加作品)
「……またガセ通報だったか」
「そのようですね」
現場に駆け付けた私たちを待ち受けていたのは、なんの変哲もないアパートだった。
見た目からして大分年季の入った古い木造建て。
誰かが火を放てば容易く燃え広がるだろうことは容易に想像がつく。
だが幸いなことに、建物は燃えてはいない。
安堵の息が思わず肺の底から漏れ出る。
それもそうだろう。
通報が正しければ、目の前のアパートは大火事に見舞われているはずだったのだ。
思い返す。
ここ一ヶ月くらいだろうか。
地区の消防署に、おかしな通報が多発するようになったのは。
火事があったと通報が入る。
当然、消防士が現場に出動する。
しかし、駆けつけてみても、火の手はどこにもあがっていない。
嘘の火事。
駆けつけた方としては、してやられたと腹を立てるべきか。
それとも不幸な火災なんてなかったんだと安堵すべきか。
いや、正直に言おう。
そんなガセ通報が何度も重なれば、苛立ちの方が大きくなってくるものだ。
かといって、どうせ嘘だろうと通報を無視するわけにもいかなかった。
当然ながら、本当の火事もここら一帯ではそこそこ頻繁に発生している。
人命が関わってくる以上、駆けつけないという選択肢はありえない。
車両で現場に近づきさえすれば、建物が燃えているかくらいは遠目で分かる。
だが通報される現場はいずれも消防局から絶妙に遠い位置ばかりだった。
だからとりあえず現場に向かわないと、火事が本当かどうかが判断できないのだ。
かくして私たち消防士は、ガセ通報に踊らされ無駄に出動させられる日々が続いていた。
その無駄な出動に手を取られているすきに、本物の火事が起こってしまうともはや手が回らなくなる可能性がある。
まったくもって悪質な犯罪行為である。
いたずらで済まされるレベルを遥かに超越している。
「どうにかならないんですかね。グーグルマップかなにかで事前に衛星から現場映像を捉えることができれば、火事が本当にあるかどうかなんてすぐに分かりそうじゃないですか?」
隣の後輩が不服そうに吐き捨てている。
「衛星映像だと数分の誤差があるんじゃなかったかな。その数分で火の手は大きく変化するから、一刻を争う状況だとあまり鵜呑みに出来ないらしいよ」
私は昔聞いたようなことをそのまま答えてやる。
とはいえ情報が古いので、もしかしたら今の技術なら問題なくいけるのかもしれない。
だが人員も予算もカツカツなうちの局ではそんな最新技術を扱える人材はいないだろう。
「そういやこのまえ、警察がウチの局に来てましたね」
「ああ、捜査はあまり進んでいないらしいな」
数日前に廊下ですれ違った刑事たちのことを思い出す。
ふざけた通報者を必ず牢屋にぶちこんでやる、と息巻いていた。
だがとくに進展している様子は伺い知ることはできなかった。
なにか分かっていれば、私たちにもなにかしら情報共有があってよさそうなものだ。
そんなこんなで。
結局その日は局にとんぼ返りして、「火災なし」の報告書を提出した。
ここのところそんなことの繰り返しだった。
だが、ある日、事態は好転する。
それは局にやってきた刑事たちと、定例の情報交換をしていたときのことだった。
「どうやら通報者は、現場付近の公衆電話から通報しているようです。これまでに十ヵ所以上の公衆電話を使用した履歴が確認できました」
「まあ自分の携帯から通報したら、すぐバレますから、そりゃそうでしょうね」
「公衆電話は誰でも使えますから、今後は通報時間と現場の不審者情報を洗うことになります」
「そうですか。それで、犯人は特定できそうですか?」
そう聞き返すと刑事たちも口ごもる。
どうやら大した情報は掴んでいないらしかった。
すると後輩が手をあげて、相手の許可を待たずに質問をした。
「公衆電話の指紋とかって取れないんですかね? 犯人が使った全部の公衆電話に同じ指紋が残っていたら、それが犯人の指紋ってことになりますよね?」
刑事たちは苦笑しながら答える。
「一応確認はしてますよ。でも、やはりいろんな人が使ってると指紋も消えちゃったりするんですよねえ」
「そうそう。清掃業者がたまに拭き取っていっちゃうみたいなんだ」
そっかあ、と後輩は引き下がった。
そのまま刑事たちは別の話に移ろうとする。
しかし、私はそこであることに気が付いた。
いい思い付きかどうかは分からないが、とりあえず吐き出してみる。
「あのう」
「なんですか?」
「十円玉とかは、調べたんですか?」
すると、刑事たちが顔を見合わせた。
こちらの言いたいことが伝わったようだった。
そして、数日後。
「犯人らしき人物の身元が分かりましたよ」
局にやってきた刑事たちが、そんな報告を寄越してくれた。
要するにこういうことである。
いまどき公衆電話を使用する人間なんてそうはいない。
だからこの地域の公衆電話に投入された小銭の回収スパンは著しく長くなっていた。
それこそ半年に一回くらいなんだとか。
そういうわけで、犯人が通報に使用した小銭は全て公衆電話のなかに収まっていたのだ。
そして、小銭には犯人の指紋が残っていた。
すべての公衆電話に、共通する人物の指紋がついた小銭があったとしたら。
それはもう怪しんでしかるべきだろう。
しかもその指紋は過去の犯罪歴データベースとの照合に一致を見たのだ。
指紋の持ち主は、三十代前半の市内在住の男。
携帯電話を所有していることは刑事たちの調査ですでに判明しており、なおのこと公衆電話を利用していることが不審といえる。
まあ冤罪かもしれないが、そのあたりは今後の調べで明らかになっていくのだろう。
その容疑者もどうやら、自分の身辺を警察が探っていることを薄々感じているらしかった。
このようにして、嘘の火事の通報はぱったりと止んだのだった。
【後書き】
お題と必須要素をけっこう素直に消化できた作品。
かなり強引な展開ではあるが、ありえなくもないかなという微妙なライン。
十円玉に指紋がそんなに長期間残りつづけるものなのかどうかはよく知らないけど。
もう少し最後の一文をうまく締めたかったが、時間が足りなかったのが残念。




