時を超えた探索
お題 : 狡猾な美術館
必須要素 : 予備校
制限時間 : 1時間(即興小説バトル参加作品)
この世には、後世にいつまでも残し続けるべき「美」というものが存在する。
そして美術館という場所は、そういった美にまつわる文化的所産を世界中からかき集め、保管し、時には世間に対して展示するためにある。
かつてこの世に確かに存在した数多の創作者たちが遺した作品たち。
それらがどのような社会背景のもとに、どのような気持ちで作られたものなのか。
そういった事柄を研究し、後世の創作家たちにその精神性を伝達していくこと。
そしてなによりも、遺された作品たちのすばらしさを世間に普及していくこと。
それが美術館という場所の存在意義である、と私は考える。
美術予備校の昼休み。
あいにくと空にはにわかに雲が覆い始めている。
じきに雨が降ることは想像に難くない。
ひんやりとした空気を肌で感じながら、私は己の進むべき道を改めて頭のなかに反芻する。
今私が通っている予備校は、いわゆる絵描きがプロを目指すべく通う場所だった。
私はここに通って、絵について学び続け、もうそろそろ三年が経とうとしている。
長かったようで、そうでもない。
卒業までおそらくあっというまなのだろう。
同期たちは卒業したらさっそく絵で生計を立てて見せるなどと息巻いている。
だが私の夢は彼らとは違う。
私は美術館の職員になりたいのだ。
絵。
そのシンプルな単語に魅せられた創作者たちはこれまでの歴史上に星の数ほど存在した。
それぞれの作者に、それぞれの作品があった。
高い評価や人気を獲得したものもあれば、まったく世間の目に触れないものもあった。
だが、世間に評価されたものだけが価値ある作品だったとは限らない。
作者の死後になって評価される作品もある。
美術品とはそういうものだ。
だから私の夢というのは。
これまでの歴史の中で、社会の陰日向に埋もれていった作品たちの中から、美術的な価値のあるものを掘り起こし、再評価し、後世に伝えていくことなのだ。
予備校では絵の歴史を習う授業のコマがいくつかある。
私はそういった授業を積極的に受講してきた。
絵が上手くなるためにこの学校に通う他の生徒たちからは奇異の目で見られることもあった。
私自身に価値ある絵を描く力量はない。
だからせめて、そういった形で絵の世界に貢献したいと私は考える。
絵に関する歴史や、流行の変遷を知ることはそのための第一歩となるはずだ。
なぜそんな夢を抱いたのか、だって?
それは、幼い頃に一度だけ親に連れて行ってもらった美術館で目にしたある作品に、強烈に心を奪われた経験があるからだ。
衝撃だった。
現代においては見慣れないような画風。
一目見た瞬間、それまでに感じたことのない感情が心に満ち溢れた。
その作品は約六百年前に描かれた絵で。
西暦でいうなれば二千二十年頃だったと言われている。
幼かった私は興奮して、近くにいた年老いた美術職員さんに感動の言葉を矢継ぎ早にぶつけた。
美術職員さんは、嬉しそうにこんなことを教えてくれた。
「君が今抱いたその感情の正体はね……」
萌え。
それが、かつてこの国の社会において存在したという、今となっては失われた感情の名前だった。
絵に描かれた人物に対する愛おしさ、尊さを想起させる、そんな感情の名前。
「昔はこんな感じの絵が社会にいっぱい出回っていたんだそうだ。イラストとか呼ばれていたらしい。小説や教科書なんかにもこんな感じの絵がたくさん載っていたんだよ」
今となっては技術ごと失われてしまったがね、と職員さんは付け加えた。
この国に一体何があったのかは、私には分からない。
だが流行や技術が進化し、絵という物自体に消費者があまり価値を見出さなくなった結果として。
イラストを描くという行為自体が社会から次第に消えていってしまった、のだという。
なんとも悲しい話だった。
そしてそのとき、幼いなりにぼんやりと思ったのだ。
こんな素晴らしい美を、歴史に埋もれさせてはいけないと。
黎明期のインターネットには、昔の萌えイラストが未だにアーカイブされている。
旧時代のアーカイブへのアクセスは政府から禁止されているが、私はかまわず電子の海を探索するようになったのだ。
すべては、美しいものを保全するために。
そうして私は今に至る。
私の夢。
それは、かつてこの世に存在した萌えをテーマにした美術館をこの国に打ち建てること。
それを聞いた友人からは、よくズルい夢だなどと言われる。
かつての創作家が生み出した作品を展示して金儲けしたい、というふうに映るらしい。
狡猾な美術館、それならそれでも構わない。
真に美しい作品は、後世に遺されなければならない。
その日を夢見て、今日も私はアーカイブを漁り続ける。
まだ見ぬ萌えを求めて。
【後書き】
絵師の技巧と嗜好が丹念に練りこまれて製作された萌え絵は、まさに後世に遺すべき芸術品であろう。
お題が美術館だったので、せっかくだからそういうテーマでひとつ書いてみた次第。
なお本作が書かれた当時はまだAI絵師なんて言葉はなかった。
今となっては萌え絵も機械的に量産できてしまうのだから、時代の進歩というのは恐ろしい。




