その広告は俺に効く
お題 : 天国の朝飯
必須要素 : ニキビ
制限時間 : 1時間(即興小説バトル参加作品)
もうかれこれ十年以上もの間、俺はニキビに悩み続けている。
正確には、俺の顔にできているのはニキビとは呼べないのかもしれない。
どうやらニキビと呼ばれるのは青少年までの話で、大人になるとそれは単なる吹き出物と呼ばれることになるらしい。
じゃあ俺の年齢の場合はどうなるのかというと、これはなんとも微妙なところだった。
人によっては時間経過とともに次第に自然治癒するらしいが、俺の顔はそうはならなかった。
ニキビがあって困ることは数あれど、得したことは一つたりともない。
俺に彼女が一向に出来ない理由もニキビのせいに違いなかった。
だから俺はいろいろな治療薬を試したが、どれもこれもこれといって効果はなかった。
このままずっとこのニキビまみれの顔と付き合っていかなければならないのかと思うと、先が思いやられてしまう。
毎朝起きて顔を洗うたび、俺は鏡に映った自分の顔を見て諦観の籠った溜息をつくのだった。
ある日の朝のこと。
いつものようにアラームの音で目を覚まし、洗面台で顔を洗い、お決まりの溜息をつく。
そして食卓に並んだ朝飯を欠伸交じりに齧りながら、寝ぼけ半分で新聞を読んでいた。
地球上の様々な重大ニュースなぞは読み飛ばしつつ芸能欄に目を通していたのだが、何の気なしに視線を紙面下に落とすと、そこにとある広告を見つけた。
その広告に書かれていた文面を見て、俺は思わず飛び跳ねそうになる。
――あなたのニキビ、完全に消滅します。
そんな宣伝文句が、そこには堂々と踊っていた。
それは新発売のニキビ治療薬の広告だった。
「なんということだ。なんということだ」
そんな間抜けな台詞を、俺は完全に口に出していた。
この手の商品はこれまで何度も試したことがある。どれも効かなかった。
おそらくこの広告品も宣伝文だけいっちょまえのしょうもない薬である可能性は高い。
だが、今度こそ本当に効く薬である可能性もまた、完全には捨てられない。
発売元はそこそこ名の知れた製薬会社だ。
記載されている値段を見ると、とんでもなく高額だった。ただし広告をよくよく読むと、今だけ半額で販売キャンペーン実施中などと書いてある。
欲しい。
欲しすぎる。
だがその薬は半額になってもなお、俺の小遣いで気軽に買えそうな金額とは言えなかった。
必ず効くのならば喜んでほいほい買ってしまいたい。
だが、そうやって過去に同じように様々な治療薬に飛びついた経験が俺を躊躇させてしまう。
今回こそは?
それとも、今回もまた?
どんなに悩んでみても、答えは出てこないようだった。
「ねえ、ちょっとこっち来てよ」
結局自分で決められなかった俺は、台所の方に呼びかけた。
「はいはい、ちょっと待ちんさい」
流し台の水を止めてから、姉が俺のもとにやってくる。
「この広告の商品が欲しいんだけど、どう思うよ?」
「ほほうどれどれ? 見せてみんしゃいな」
そう言うと姉は、俺の指差した箇所をしげしげと眺めた。
そしてほどなくして、からからと笑い出した。
その笑いがどういうニュアンスなのかはよく分からないが、なんとなく馬鹿にされているような気がして少々むっとした。
「あんたさあ、まだこういうのに未練を持ってるんだねえ?」
「未練とか言うない。俺だってつるつるお肌になりたいんだよ」
恨みがましく姉を睨んでみせる。
「欲しいよなあ。欲しいよなあ。宣伝なんて誇大広告かもしれないって分かってるんだけどなあ。それでもやっぱり、もしかしたらがあるからなあ」
「気持ちは分かるけどねえ」
呆れ笑いを隠そうともせずに姉は俺の顔を覗き込んだ。
俺も負けじと顔を見つめ返す。
ニキビどころか痣ひとつない顔を持つ姉には、俺の気持ちなんか分からないのかもしれなかった。
「でもあんたさあ」
姉はのんきに欠伸をしながら言葉を続けた。
「うちらはもうとっくに死んでるんだから、ニキビとか今さらどうにもならないでしょ」
「おいおい、そういうこと言うなよお。テンション下がるわあ」
俺が抗議すると、姉はくすくすと笑いながら台所に戻っていった。
まったく、ひどい現実を突きつけてくれたものだ。
すでに死んで霊魂となった俺たちは、もう今の姿のまま永遠に変化することはないのだろう。
このニキビ面とも、今後ずっと付き合っていかなければならないのだろう。
「はやく朝ごはんを片付けちゃいなよ」
台所から催促が飛んできたので、俺はしぶしぶ新聞を畳んだ。
広告文句を心の奥にそっとしまい込みながら。
天国の朝飯は今日も美味しかった。
【後書き】
初見でもお題のせいでオチが読めてしまうシリーズ。
こういうノリにしたからには、もう少し会話を膨らませたかった気も。
個人的にはニキビというお題は人によって結構センシティブなので出すのをやめてほしいと思っている。




