賽の河原にて
目を覚ますと、私は賽の河原に立っていて、周囲では不幸な子供たちが石を積んでいた。
私はしばらく、何をするでもなく突っ立っていたが、そのうち周りの子供たちが、こちらをじっと睨んでいることに気がついた。
この視線は、「お前も私たちと同じことをやれ」という、暗黙の意思が籠ったものなのだろう。
私は日本人的な同調圧力に屈すると、渋々石を手に取って、それをせっせと積み上げ始めた。
少し離れたところでは、おかっぱの女の子が、積んだ石を鬼に蹴りあげられて泣いている。
かわいそうだが、身を守る術を持たない生き物は弱い。
そうしてしばらく石を積んでいると、私の石がある程度の高さに達したためか、真っ赤な皮膚を持つ鬼が、ずんずんとこちらに近づいてきた。
鬼は筋骨隆々の赤い身体で、鼻からは蒸気を噴き出し、片手に金棒を握りしめている。
彼は、私の作品を壊しに来たのだ。
しかし、どうせ壊されるにしても、壊す側に嫌な後味を与えてやりたい……もう二度と関わりたくないと思わせてやりたい……などと、次第に暗い欲望が胸の内に湧いてきて。
私はいつの間にか、金棒を振りかぶる赤鬼の前に飛び出すと、「意志を持った餃子」の真似をしていた。
「ああっ、熱いっ、熱いっ!!!大学にもせっかく受かったのに、友達とも祝い合って、人生これからなのにっ!!!」
「油が皮膚を焼いてるっ……真由子、入学式一緒に行く約束、守れなくてごめん……ぎゃああぁっ、あがぁっ!!」
私は河原のざらざらした石の上で、熱された餃子を想像しながらのたうち回ると、涙や鼻水を撒き散らして、そこら中をめちゃくちゃにした。
餃子の生命力はとても強いため、鉄鍋の中で蒸し焼きにされて、ついにその意識が途絶えるまで、存在したはずの展望と料理人への恨み言を語り続ける。
また餃子は饒舌なので(これを活かしてゲーム実況者になるものも多い)、自らの苦痛がいかに痛烈か、体組織の焼かれる感覚がいかほどかを、鮮明かつ克明な表現力をもって叫びまくる。
意思ある餃子を殺すということは、これほどまでに酷なことなのだ。
そうして、真由子との約束を果たせず、翔大との久しぶりの再会を心待ちにしていた餃子が、羽付きでカリッと焼きあがった頃。
ふと私が目を開けると、鬼はとっくの昔に立ち去っていた。
それどころか、あんなに周囲にいたはずの子供たちすら、石を置き去りにして立ち去っていた。
意思ある餃子の勝利である。
私は早速立ち上がろうとしたが、その時の私はあまりに餃子に没入していたため、ひたすら鉄鍋もとい石の上で横たわっていた。
しばらくして、私は身体が類人猿のものになったことを確認すると、また石を積み始めた。
迫真の名演技、いや、もはや憑依の領域にまで至った私の行動がよほど効いたのか、それ以後、鬼が近づいてくることは二度となかった。
時折、遠巻きにこちらを眺めながら、ひそひそと鬼同士で話し合う姿は見受けられたが。
数年後、私は石で高層ビルを建てた。
この世界に寿命という概念はなく、唯一邪魔をしてくる存在である鬼も、私のことは空気かなにかのように扱っているので、気兼ねなく建築を進められたのである。
私は建築に関する著作を二冊ほど出版すると、次第に賽の河原に飽きてきて、やがて投身自殺を企てた。
いくら死後の世界といえども、高所から落ちて身体が粉微塵になれば、別の世界なりに生まれ変わることができるだろう、と考えたのである。
私は自ら築いたバベルの塔のてっぺんに登ると、躊躇うことなく、そこから一気に身を投げた。
私の身体は、万有引力を示唆した林檎のように真っ直ぐと落ちていき、やがて、べちゃっと音を立てて潰れた。
痛みはなく、衝撃だけを感じる。
血に塗れて霞む視界の中、両腕がひしゃげて、めちゃくちゃに折れたまま横たわっているのが見える。
そして、まるで鉞で割られたかのように、ぱっくりと開いた私の頭蓋からは……。
紅色の脳漿の代わりに、なまめかしい餃子の餡が飛び出しているのであった。
骨の割れ目からはみ出る、豚と牛の混合肉、くたびれたキャベツの緑を見て、私は笑いを堪えられなかった。
へえ、そうなってるんだ。




