蚯蚓バーガー
ある有名バーガーチェーン店では、肉に蚯蚓を混ぜて売っている。
そんな噂、というか都市伝説を聞いたことがあった。
今日の明け方にそのことを思い出した私は、無性に噂を検証したくなり、そのままの勢いで駅前へ走った。
早朝は人が少ない。
ウィーン。
開いた自動ドアから真っ直ぐカウンターに向かうと、そこには蚯蚓が立っていた。
正確にいうと、たくさんの蚯蚓が、まるで焼く前のハンバーグみたいに絡まり合いながら、ひとつの人間の身体を象っていた。
それはちゃんとバーガー店の制服をまとっているが、顔は渦を巻く蚯蚓だし、首も縦を向いた蚯蚓で、半袖から先の腕も蚯蚓だった。
そりゃそうだ、なぜなら彼は蚯蚓の集合体なのだから。
私は朝バーガーの標準セットを注文すると、席にどっかりと腰を下ろした。
そうして、朝から走って疲労した足を休めていると、一人の蚯蚓の店員が、床掃除をしている姿が目に入った。
勤務態度はとても真面目なようで、もっとも汚れる出入口の付近に留まり、熱心に床を掃いている。
しかし、彼は下を向いて掃除しているため、身体を動かす度に、顔から蚯蚓がぽろぽろこぼれ落ちてしまう。
床に落ちた蚯蚓は、チリトリとホウキによって回収されるが、蚯蚓はチリトリの中から這って脱出し、また彼の身体へと戻っていく。
さっさっ。
ぽろっ。
さっさっ。
ぽろっ。
この繰り返しだ。
そうやってぐるぐるぐると、剥がれては還元される蚯蚓の様子を見ていた私は、目の前で指を回された蜻蛉の気分になった。
そういえば幼少期、蜻蛉の尾に糸を付けて、高速道路を走る車窓から出してやったことがあったっけ。
私の想像の中では、蜻蛉は車と並走して飛んでくれるはずだったのだが、蜻蛉はとんでもない風圧に負けてしまった。
彼は猛烈な風に当てられて、一本の黒い棒のようになり、窓の後方で「ビチビチビチッ」という、なんだか分からない音を立てていた。
私は子供ながらに、蜻蛉が車外で死んだことを察知し、死体を手元に戻したくないがために、そのままパッと糸を離した……。
その点、蚯蚓には羽がないから、そういう死に方をする恐れがない。
そもそも蚯蚓の死に方というのは、炎天下のアスファルト上で焼死と、相場が決まっているのだ。
それは鮭にとっての遡上、狼にとっての狩猟、熊にとっての冬眠であり、全ての蚯蚓は、老人の萎びた陰茎のようになって死ぬために生まれてきているのだ。
店内を見ると、せっせこ意味のない掃除をする蚯蚓はもちろん、その他、厨房で忙しなく動き回る蚯蚓たちが見える。
彼らはみな、蚯蚓らしく生きるという、彼らに課せられた義務を果たしていない。
私は、働きもせずに遊び回って、社会人としての役目を果たさないニートを見ているような気分になった。
無性に腹が立つ。
そうこうしているうちに、朝バーガーが完成したようで、ひとりの蚯蚓がトレイを運んできた。
机の上には、まずポテトがひとつ、次にドリンクがひとつ。
ポテトは、そのどれもが油でカリッと揚げられた蚯蚓で、ちょうどよい褐色になって天へうねっている。
アスファルトの上でないのが残念だが、彼らは焼かれて死ぬという責務をクリアしており、その点はなかなか評価できる。
少しつまんだところ、食感も素晴らしい。
さてドリンクは、と手を伸ばしてみて、透明の蓋を開けてみると、中には生肉色のシェイクのようなものが詰まっていた。
言わずもがな、これは蚯蚓をミキサーですり潰したものだろう。
あまり期待せずに啜ってみたが、やはり予想通りの味というべきか、なんの驚きもない舌触りだ。
これはコーラのように、どこでも同じ材料、同じ調理法で作っているので、結局は可もなく不可もない飲み物にしかならないのだ。
さて、トレイの中央には、ついにバーガーだけが残った。
私が、女性器を初めて見る童貞のような勢いで包み紙を剥がすと、そこには、ひとつの蚯蚓バーガーがあった。
完璧な丸みを帯びたバンズは、他よりも太い蚯蚓たちによって構成されており、活きが良いためかうねりが激しい。
彼らはその骨のない身体ゆえか、顔や手足、バンズといった、起伏の多い形状を再現するのが得意なようだ。
そんなバンズの間には無論、ちゃんとレタスとトマトが挟まっていて、蚯蚓特有の毒々しいピンク色を輝かせている。
薄っぺらで、引き伸ばされた円状のものが、ちゃんと二枚。
しかし、さすがの蚯蚓にも表現力の限界というものはあるようで、私にはどちらがレタスで、どちらがトマトなのか、よくわからなかった。
そして肝心の肉、バンズは。
バーガーの心臓部であり、一部でありながら全体を決定する、具材の中の具材は____
なんと、牛肉だった。
瞬間、私は驚愕に支配されると同時に、突如として目の前に現れた、異質な四足歩行獣の死肉に目を向けた。
先程からピンク一色で覆われた視界の中、このバンズ、この草食獣の死体だけが、不気味な茶色という色素で塗りたくられている。
なにに対してかは分からないが、これは失礼に当たるのではないか。
一丁前に湯気をあげて、肉汁なんか滴らせて。
上下を挟むトマトやレタス、そしてそれをさらに支える、つやつやの蚯蚓たちに申し訳ないとは思わないのか。
私は吐き気が抑えられなかった。
憎まれっ子世に憚るというのは正にこのことで、異分子ほど大きな顔をして自分の権利を主張したり、しきりに目立とうとしたりするのだ。
私は特殊な性的志向の人々に関する罵倒を思い浮かべると、すぐにピンク色の海へと視界を戻した。
牛肉のせいで不快にはなったが、しかし、朝五時に起きた甲斐があった。
蚯蚓に肉を混ぜて売っているという、いつだかの噂は本当だったのだ。
私は慎重に、牛の肉だけをつまみ出すと、そのまま豪快に、蚯蚓バーガーへとむしゃぶりついた。
ぶちゅっ。




