x,y,z
「上へ参ります」にはもう飽きた。
同様に、「下へ参ります」にも飽きてしまった。
エレベーターガールの一生は、無限に続く縦軸に支配されている。
来る日も来る日も、上に行くか下に行くか。
世の中はこんなにも方向に溢れているというのに、その中からたった二つ、しかもなんの面白味もない上下ときた。
これでは、蟹の逆みたいな人生だ。
いや、蟹は左右にしか移動できないとはいえ、身体の向きを転換すれば、斜め上や斜め下と、さまざまな角度を総なめにすることができる。
一方でエレベーターは、その場に縛り付けられるばかりか、距離も速度も決まった上下でしか移動ができない。
これでは、蟹以下の人生だ。
私はそういう考えを浮かべると、唇を噛み締めながら、その日の勤務を終えた。
翌日。
やっぱりやめよう、と理性的な自分が囁いてきたが、通勤電車に揺られるうちに、考えは確固たるものへと変わっていた。
今乗っている通勤電車も、上空から俯瞰してみれば、さまざまな線路の上を、縦横無尽、あらゆる方向へ滑らかに移動していく。
蟹や電車でさえ自由を得ているというのに、私だけ縛られているのは不公平だ。
チンッ。
「斜め右下へ参りま〜すっ!」
いつもと同じ笑顔でそう案内すると、箱の中に詰まった肉塊達が、訝しげな視線をこちらに向けてきた。
いくらかは首を傾げている者もあるようだが、上下に囚われた下等な生物の行動など、もはや気にもとまらない。
「左上へ参りまーす!」
「斜め右上へ参りまーす!」
「斜め左上のち右下、のち左下へ参りまーすッ!」
仕事はクビになったが、いまや私は、蟹よりも、通勤電車よりも、そして凡百のエレベーターよりも優れた存在となった。
いわば私は、宇宙という方向の海を泳ぐ、ひとつの小惑星で、全ての方向へ移動する特権を持っていた。
真空空間の中、上に流れるも下に流れるも、はたまた形容できない角度に向かって流れていくのも、全て私の思うがままだ。
人類初の偉業である。
社会からの評価は、じきに追いついてくるだろう。




