2.重なる奇々に【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「…よっと」
シュンッとゲームに降り立った沙多。
衣装はやはり修道服。
髪は桃色ではなく、紫紺が目立つゲーム仕様のハーフアップ。
そんな己の身体をジーっと見下ろす。
「なんともない…」
手をグーパーと開閉、インベントリやスキルを使用するも、何一つ違和感は無い。
結局、現実で魔法などが使えた現象は謎のままだ。
「ま、いいや。誰かに言っても嘘認定されそうだし」
問題なくゲームが出来るならと、気楽に受け止める沙多。
もう悩みを放り捨て、手帳を開きフレンド欄を確認。メッセージを綴り、送り始めた。
――――――
――――
――
ツカツカと沙多の靴が鳴る。
受け止めるのは木製の床。仄かにインクの汚れが染み付いていた。
「――どういうつもりなん!?」
バンッと豪快に扉を開ければ、待ち受けるのは図書室さながらの空間。
背丈以上の本棚が立ち並び、影を作る。
「…入室早々、騒がしいぞ」
書斎の奥に座る人物は苦言を呈する。
それは、『カナン』なる情報を渡した者。
利益を第一とする"マイン"系譜ギルドのプレイヤーだ。
「鉄!!アンタのせいでしょ!」
「鉄木だ、名前くらい覚えろ明野 沙多」
――鉄木 成咲。
情報を取り扱うギルド、"アカシック"の代理者がいた。
「それで、何の用だ。メッセージには"通り魔"についての情報提供とあったが?」
彼は目下に広がるテーブル、広がる書類から目を離さない。
スラっとした長身を司祭服で装備し、まるで神父さながらだ。
「個人情報!!シュウトに渡したのアンタでしょ!!」
「根拠無く語るな。個人情報など、このゲームにおいては筒抜けだろう」
……
…
――その起因は掲示板だ。
書き込む際、現在地も同時に表記されてしまう仕様によるもの。
『ルシフェル・オンライン』に便利な攻略サイトなど存在しない。
財産が絡む情報必須なこのゲーム、全ての知識が集約する掲示板の使用は大前提。
――だが逆に言えば、金銭などを目的とせず、書き込みの類を一切しなければ情報は漏れにくい。
…
……
「アタシこれでも気遣ってんの。掲示板とかも使ったのはアンタらに会う時だけ!」
テーブルを盛大に叩いた抗議に、ようやく鉄木の手は止まる。
「…得た情報を俺がどう扱おうと自由だろう」
「だからってお金欲しさにここまでやる!?見境なさすぎッ」
「――違うッ、金など要らん。我々…いや、俺が求めるのは情報の一点のみだ」
下ろした黒と灰の混ざるロン毛が揺れた。
その語気の強さに、沙多は一度口を閉ざす。
「じゃあ何、レアエネミーでも餌にされたっての?」
「あの男から持ち掛けられたのは――こことは違う世界の存在だ。信憑性の欠如も甚だしいがな」
それは数週間前、憎しみを目に宿したシュウトの訪問だったという。
目の前で消えたプレイヤー。その一部始終を試金石に、情報交換を持ち掛けられた。
対価は明野 沙多の個人情報。
結果、プレイヤーとしての経歴や活動、現実の住所までもを公開。
口先だけの虚偽やもしれぬのに、破格の情報を支払った。
「だが結局は無駄だった。現にお前がこの場に居る、別世界など存在しない」
「それはガチ。アタシ行ってきたよ?別の世界」
――刹那、バンッと机を鳴らし立ち上がる鉄木。
平然と言い放つ沙多と、まるで対照的だ。
「詳しく聞かせろ…ッ」
普通なら「異世界に行った」など、世迷言として片付ける。
しかし彼は息を荒げ、瞳孔を揺らし、喉を絞った。
書類が床に散らばるも、それすら意に介さない。
「ヤ、教えない。なんでバラシた奴に言わんきゃいけんのよ」
一方で沙多も退かない。
当然といえば当然。そもそも、ここを訪れたのは情報漏洩を封じるためだ。
「アタシのことバラしてなきゃワンチャンあったかもね」
んベッと舌を出して挑発。
漏洩元の裏を取れた以上、もう用は無いと踵を返す。
今後、このギルドは絶対に利用しないと決めながら。
「――待て」
しかしその瞬間、勝手口の扉に"結界"が出現。
(…【区画結界】ッ!?)
見覚えがあった。
【聖職者】の職によるスキル。
沙多はすかさずサイドステップ。敵を阻む透明の障壁から距離を取る――
「――んぁっ」
が、肩にドンッと衝撃が走る。
弾くのは、やはりスキル。横手すらも障壁が出現していた。
扉を塞がれ、左右も封鎖。
鉄木を見据えれば、最後に彼との正面にも蓋がされた。
「逃がさん、どうしても吐いてもらう」
ガラスのショーケースさながらに閉じ込められた沙多。
ドンドンと壁を叩くも、解放される気配は無い。
「お前の情報を人質にしてでも、これだけは譲れない」
「ならアタシもアカシックは裏切るって言いふらすだけだし!困るのはお互い様でしょ!!」
情報とは、仮にも信用が前提。
とっさに出た言い分だったが、脅迫には足りえた。
故に、二人には膠着が生じる。
鉄木の取った手段は合理的でなく、動けない。ついでに沙多も文字通り動けない。
「…もうさ、今日の事は忘れない?」
カチカチと鳴る時計の針。
やがて妥協案を切り出すのは沙多だ。
互いに水に流し、痛み分け。この件には触れないように過ごすべきと。
「…駄目だ。俺は忘れない」
しかし今の彼は、駄々をこねる子供のように折れなかった。
焦燥感に身を焼かれ、つうっと伝う汗が、顎から落ちる。
冷酷に取捨選択を繰り返し、率いてきた"アカシック"の副団長。そんな肩書とは程遠い様相。
「俺だけは…決して忘れてはならないッ!」
彼はインベントリから"本"を取り出す。
それは【聖職者】特有の戦闘形態。紛れもない、交渉決裂の合図。
(やば…ッ!)
沙多は四方の【区画結界】を警戒。
もし次に彼がスキルを発動すれば、障壁は砕け散り、無数の破片へと分散して襲い掛かる。
防ぐ手段はない、ゼロ距離だ。命運は握られてしまっている。
許されるのはその瞬間を待つだけ。
パラパラと本のページが捲れる。
スキル発動の予兆だ。
やがて風圧が増し、床に散らばった書類が舞い上がる中で――図面を一つ見つけた。
「――陽太郎の魔法陣?」
比べると未完成。だが随所に既視感の散らばった文字や紋様。
思わず戦闘寸前の今も忘れ、転び出る言葉。
「その名を…どこで…!」
同時に、見開かれた鉄木の目。
四方の障壁が動揺と呼応するように解除された。
「…?別ん世界で会ったけど」
必死めいた声音だった。
鉄木は足取りも不安定に歩み寄る。
「あいつは…あいつは…確かに居たんだな…っ?」
「え、えっ…?」
肩に置かれた両手。敵を前にした態度ではない。
だが震えるそれを振り払う気にはなれず、沙多はコクリと頷く。
「そうか…っ…」
「どしたん急に…?」
その場でうずくまる鉄木は、顔を手で覆った。
「…何でもない。忘れろ」
だが数瞬もすれば、隠れた顔を上げる。その指先の水滴を払いながら。
「――すまなかった」
直後、鉄木は頭を下げた。
腰を深く折り、真摯な沙多へ向けた謝罪。
「いきなり手のひら返すじゃん」
「情報は漏らさない、約束する。以前言った"通り魔"の対価も要らない。…代わりにそいつの…友人の事を聞かせてくれ。…大切なんだ」
「…しゃーないなぁ」
彼の下がり続ける頭を見て、沙多は椅子に腰を下ろした。
――――――
――――
――
「――ってな感じ。どう?信じれそ?」
「特徴が一致する。俺の探し求めた人物と同一だろう」
彼女が本来持ちえない人物についての証言。
しかし擦り合わせによって、嘘偽り無いと信用は築かれた。
「感謝する。俺に出来ることならば今後、一切の協力は惜しまない」
「ってもアタシの話、あんま必要無かったかもよ?」
数十分後。顛末を話し終えた沙多は席を立つ。
情報漏洩は防ぎ、恩を売ることにも成功。結果は万々歳だろう。
「もう少ししたら帰って来るって言ってたし」
「……そうか」
「じゃあアタシもう行くから。なんか聞きたい事あったらDMで」
今度は出口を阻まれること無く退室。
やけに広い、もともと二人の拠点だったであろう書斎を後にする。
(…会いたい人と会えそうでいいなぁ)
廊下を歩く中でふと、そんな言葉が湧き出た。
ほんの小さな嫉妬と自覚する。
「――じゃ、帰りよろ」
だが表には出さず、"アカシック"の新人――過去に沙多をナンパした男へ送迎を依頼。
廊下の先で待っていた彼は天秤を取り出した。
(なんかおれ、凄い情報聞いてた感じじゃね?)
ちゃっかり二人の会話を拾っていた難破な彼。
「なあこの後暇?どっかで一緒に遊ばね?」
「ねーから」
しかし難しいことは考えない。ある種の似た者同士だ。
さらに現実世界でナンパした時と同じように、この世界でもナンパを繰り返した。
多分書いてて一番湿度が高い人物。
人に会う目的は沙多と似てるけど、彼女はカラッとしてます。鉄木はキノコ生えてそうな感じ。




