1.揺蕩うままに【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「そろそろベル来るかな?」
十分後、購入したシェイクを片手に街を練り歩く沙多。
ズズズと残り僅かを飲み干し、ゴミ箱へ。
予感があった。悪魔ならいきなりドンと、眼前にワープしてくるに違いない。
なので人目の集まらない路地裏を探すべきと。
(にしても、なんか今日は見られてんな~)
この間にも、何故か注目を集めた沙多。
今日は別にビジュ盛れてないけど、と呑気に零しながらも、手頃な空間を発見。
人通りもなく、待つには及第点の広さだった。
――――――
――――
――
「…ん…ベル?」
そこで待てば、やがて人影が現れた。
ただ転移ではない。
角からフラッと姿を見せ――
「――明野…沙多…」
名を呼ばれ、固まる。
その人物は見覚えがあった。
男の髪は銅色。伸びた前髪が左目を隠している。
彼を目にしたのは二度。
一度は潜入を見破られ、二度目は衝突の末に氷漬けにした――
「…え…シュウト…?」
だが髪は記憶よりもボサボサ、目の焦点も定まっていない。
「見…つけたッ…」
服も汚れ、相当な時間彷徨っていたようだ。
そこまでして彼女を探し回り、遂にと言葉を零す。
沙多は動けなかった。豹変した様に頭が追い付かない。
「何で…てかアタシの場所どうやって…」
「聞いただけだ…」
その間にも彼は危うげな足取りで接近し――銀の輝きが、手元から鋭利に光った。
「ちょおっ!あぶな!?」
キィンと甲高い金属音が路地裏に響く。
沙多がいた位置には、ナイフが突きつけられた。
「お前が…ヒテンジ様を唆したせいで…ッ!」
「は?人のせいにすんなしッ」
声はもはや届かず、充血した瞳で怨嗟を溢す。
関節が外れるほどの大振り、二度三度と空を切る刃。
「答えろッ!ヒテンジ様は何処にいるッ」
「ヒテンジはもう居ないんだってのッ!現実見ろしっ!」
逃げ回ってた沙多だが、見繕った路地裏が仇となった。
「ぃや…ッ」
刹那、手首から斜めに傷が刻まれる。
狭い空間、退路は徐々に失われてしまった。
次いで一閃。何とか躱すが、肩にも一筋の赤色が滲み出る。
(ヤバ…これ、普通に…殺される?)
ドクドクと流れる鮮血。
傷口が熱く、体温が跳ね上がる。
「お前があの方を消したんだァッ!」
唾ごと吐き出す彼は、言葉では止まらない。
そのナイフは脅しに終わるのか、命を奪うのかも分からない。
だからこそ――手に杖を召還した。
「ごふァッ!?」
横から頬を貫く一閃。
地面へ宗仁は投げ出される。
「…ヒテンジにも考えがあんでしょ」
クルクルと器用に杖の重心を操る沙多。その手の動きには一切の迷いがない。
「見たくないものから目ぇ背けんなし」
一方で、地に伏せてもなお、ナイフを探る宗仁。
これも杖で弾き飛ばし、無力化。
刃が地面と擦れる音が残る。
(やっぱ嫌い)
同時に沙多は腑に落ちた。ここまで彼を嫌う理由が。
確証も無く沙多を探していた盲目と、敬愛する人を追う盲信。
かつての自分と重なった。姉を求め、彷徨っていた頃と。
(うっわ最悪…自己肯定感バリ削られるわ)
明確に、再認識する。
『ルシフェル・オンライン』を始めたばかりの自分はとても醜く、つまらなかったのだろうと。
(パパとママと喧嘩したのも…メンタルヘラッてた時だし…)
呼吸浅く、辟易する沙多。逃げ出したい気持ちが強かった。
昔の自分を想起させるこの場から一早く。
傷も加害者もそのままに、何故か警察を呼ぶ気にもなれなかった。
足早に背を向けようとすれば――
――パキンとナイフは踏み砕かれる。
***
「…ベルっ!?」
振り向いた路地裏には、不釣り合いなほど巨躯のベアル・ゼブルがいた。
約束した小休止後の登場。現れるタイミングがいいのか悪いのか分からない。
「サタよ、それは銀狐の腰巾着か?」
周囲を俯瞰し、低い声音を発せば――明確に、悪魔は敵意を灯す。
感じた事の無い重圧だった。
沙多ですら息を呑み、呆然と行動が遅れる。
「今、その息が絶えるわけにはいかぬ。本懐を果たすその時まで、吾は命運を委ねたのだ」
ゲームならばここまで過剰ではない。
しかしここは現実。
人間は無力で、復活が無いことは悪魔とて理解している。
「その過程に、ウヌは障害である」
地鳴りを錯覚するほどの重い脚。
宗仁の眼前へ歩けば、顔を掴んでも有り余る、大きな片手で持ち上げ――
「ベルッ!!駄目ッ!」
――叫びが届く前に弾けた。
パンッと小さな爆発を、魔力が織り成す。
一瞬の破壊。視界を埋める閃光。響いた音は最小限。
まるで現実感が無かった。
次には、ただ静かな路地裏が鎮座している。
「あっ…」
呟きが零れる頃には、バラバラと手中から灰塵が落ちる。
まるで火葬、いや、それ以上だった。体の原型が残っていない。
花火を遊び終えたように、チリチリと嗅覚が焼け付く。
「ベル、駄目だって!この世界は人殺しちゃマズいの!!」
慌てて駆け寄る沙多。
インベントリからレアエネミーの報酬品、ヒテンジを蘇らせたものを取り出し、有効かも分からず使用する。
超が付くほど貴重な報酬品はこれで品切れ。手元にはもう一切残っていない。
「絶対では無かろう?人間の歴史にとって、これも手段の一つであろうに」
「絶対だから!それは最後の最後の手段!!」
悪魔の胸をドンドンと叩き訴える。
だがそれは『人外』だ。
人の姿を模しているだけで、性質は素朴に冷徹。
異世界で学んだと思っていたが、まだ理解しきれていなかった。
「ゲームはともかく、この世界は言うことを聞いて?」
「だが妹君よ――」
「――アタシに従って。アタシが絶対。いい?」
故に、手綱は絶対に離してはいけないと悟る。
ヒテンジの如く有無を言わさぬ目に、悪魔は口を閉ざし、いつかの如く片膝を付いた。
「承ったぞッ!この身、この世においてウヌに捧げようッ」
「声デカっ…けど…うん、今日はそれでいい」
誰にも御されない暴君。そんな畏まる彼の口角は上がっていた。
――やはり特別。
(ル・シファル様と血は繋がらずとも、魂の輪郭が瓜二つよッ!!)
これまでの活動を経て、彼女の探し求める姉と、主君は別人。
沙多は血縁の妹でもなく、赤の他人という事実を知っている。
しかし直感がこれを許さなかった。
知れば知るほど惹きつけられ、ル・シファルを想起させる。
――その一方で、弱く息が吐かれた。
「……ぁ…ぇ…ッ?」
「ッ!ガチ…?良かったぁ~…けどあのアイテムえぐ…」
見れば青年が――宗仁が息を吹き返していた。
灰すら残らなかったはずが、人の形を取り戻している。
沙多はその事実に、安堵かドン引きか分からない溜息をつく。
同じく焼け焦げた衣服すら真新しく再生。
本人に至っては、むしろ血色が良くなってすらいた。
――――――
――――
――
死んだはずだ。
その感覚が確かに、俺にはあった。ゲームではない現実で。
けれど今、正常に呼吸をして、心臓が脈を打っている。
なんだ…?何が起こっている…?
「体、だいじょぶそ?」
コクンと頷く。言葉が出なかった。
「よかった~」と零す明野 沙多は呑気。
命を狙っていた奴から心配されている。あまりに滑稽だ。
夢でも見ていたのか…?
いや違う。俺は確かに殺そうとした。
そうしようとして――
――…どうして…殺そうとしていた?
妙に頭が鮮明だ。今までに比べてクッキリと思考が浮かぶ。
ヒテンジ様に会いたいから。それが、それだけが理由だ。
あの方に魅入られて以来、俺の全てを捧ぐべく…。
――何故そこまで会いたかった?
分からない。
あの時の、目の前で消えた瞬間の感情が思い出せない。
それにコイツを手にかけたところで、何も変わらないだろ。
どうしてこんな行動に出た…?
分からない。
憑き物が落ちたような感覚だけが、頭を冷やし続ける。
「じゃあアタシらは行くから。…アンタはガチで一回病院とか行っとこ?」
ゲームを騒がした"辻斬り"、本人らしき大柄の外国人プレイヤーに説教をしながら去っていく明野 沙多。
何が何だか分からなかった。
ただ…――あのゲームはもう離れよう。
人を破滅に導く代物だ。
あんなの、狂気に塗れていないとやってられない。
致命傷だけは絶対避けるウーマン沙多。
現実でも急所はやらせません。




