1.揺蕩うままに【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
まるで地底から大空へ舞い上がっていくような浮遊感。
暗闇に埋め尽くされ、何一つ感覚が存在せず、意識すら濁っていくも――不安は無かった。
やがて、大気が入れ替わる。
地底に沈む大穴とは似たようでまた違った、シンとした静寂。
開放的な外気から室内の埃っぽい匂いへ。湿気の増加を肌が感じる。
――ベルの家だッ。
目を開けば、見覚えのある廃墟の中。
思わず口角が跳ね上がる。
「っ……帰ってきたッ〜!ただいま〜!!」
雪を見た犬がはしゃぐが如く、ピンクの髪を盛大に揺らす沙多。
まるで実家のような安心感、実家ではないが。
異世界を経た後ならば、地球のどこであろうと実家だという万能感すらあった。
「っていま何日!?」
ここで最大の危機だった出席日数を思い出し、スマホを確認。
時刻は火曜日、午後三時。
当然今日も学校はあった。が、もう間に合わない。
異世界の期間に休日が被っており、欠席は最低限だったのは不幸中の幸いか。
「…うげ、DMえぐい溜まってる」
SNSなども確認。友人やバイト先からのメッセージが山積みだった。
やばぁ〜と返信を焦る一方、頬は少し綻んでいた。
――が、次にはムッと頬を膨らませる。
スマホが開いた連絡先には、両親の名前。
そこには『0件』という表記。一つも音沙汰が無い。
「してサタよ、ウヌに委ねたいものがある」
「…ベルって直球でズバズバ行くよね」
沙多の情緒もお構いなしの悪魔。
いっそこの単刀直入さに懐かしさを覚える。
「この『ぶいあぁる』なるカラクリだが…」
「どしたん?……ってあれ?動かんし。壊れた?」
差し出されたVR機器。
一見、外傷はなくどこにも問題無いが、電源ボタンを押せば無反応。
充電ケーブルの類を確認しても原因は違った。
「ウヌにも解明できぬ異常か」
「アタシも特別詳しいわけじゃないし。…あっ、ベルって魔法で異世界に移動できたじゃん?」
知り合いやクラスメイトに修理を頼もうかと考える内、妙案が浮かんだ。
手元のVRを撫でながら悪魔へと振り返る。
「それで『ルシフェル・オンライン』に行けんじゃないの?」
「不可能であるな。吾も試みたが、あの世界は特別だ」
次元を跨ぐ術があるならば、ゲーム機を介する必要も無いだろう。だが彼すら『ルシフェル・オンライン』に干渉は難しいと言う。
「ベルすら無理とかどうなってんの…」
とはいえ無理矢理ログインすればヒテンジのように、プレイヤーと見なされぬハンデを背負うやもしれない。
一概に残念か否かも判別できない事象だ。
ただあるのは、機械は壊れ、プレイ不可能という事実だけ。
「…けど、ベルは今すぐゲームやりたいっしょ?」
「ウム、吾らの本懐は変わらぬであろう?」
「――じゃあ行くよ、準備はいい?」
多忙を極めたなら、今すぐ横になりたいのが人間の性だ。
しかも異世界帰りという、密度の濃い疲労がある。
だが沙多はベアルを引き連れ玄関へ向かう。どう見ても帰宅するための準備ではなかった。
「新しいVR機、買いに行こ?」
***
今まで沙多が悪魔の根城へ向かうには、電車で最寄り駅まで一時間弱。そこから山奥へ進み更に一時間以上を必要とした。
しかし今回は0分。
転移は現実世界でも有効。これを用いて二人は突如と出現。
周囲に人影が無いのを確認し、ひょっこりと路地裏から顔を出す。
「うわ、ガチでもう街じゃん。ヤバすぎ」
角を抜ければ、既に高層ビルが並び立つ街中。
闊歩する人の数がおびただしい。
ピーピー鳴る信号機や車の駆動音、人の生活音から分かってはいたが、瞬間移動した事実に口を抑える。
「っても、やっぱ目立つかぁ」
しかし同行するのは、異世界で暴君の名を馳せた悪魔。
歩くだけで注目を集め、道行く人々は戦慄。足音を立てて退散する。
(ゲームだとあんま気にしてる人いないんだけどなぁ)
VRを通すことにより威圧が抑制される故か、単純に『ルシフェル・オンライン』のプレイヤーが頭のイカれた狂人だらけ故かは不明。――恐らく後者だろうが。
彼の威圧を一向に介さない沙多には、預かり知らぬ事象だった。
――――――
――――
――
かくして家電量販店に赴いた二人、そこはVR機器が並ぶコーナー。
眉間を寄せる沙多に、漢字が読めぬベアルも並び、同じく吟味する
「こっちは性能いいけどちょい値段高め。反応とか応答速度?ってのが上がるんだって」
「どれでも構わぬ。『げぇむ』さえ出来ればよい」
「あ、ゲームの意味ようやく分かってきた?」
慣れない横文字の意味を学習し始める悪魔。徐々に適応していた。
店内放送や光を放つ広告などは、もはや呑み込みスルーしている。
「けど高いの買って損は無いよ?戦闘とかモロに差が出…うん、ベルに必要ないか…」
売られる機種は様々。手頃な価格から性能重視のものまで。
サングラスのように装着するタイプや、椅子やベッドと一体化したりと幅広い。
「一フレームがなんちゃらって言ってたような…」と誰かの言葉を、曖昧なまま受け売りする沙多。
「電気代とかも安いんだって、性能上がったらバッテリー消費エグそうなのに、逆なの意味分らんくない?」
「フム、電気か」
どれほど大容量のダムとて、水を流し続ければいつかは無くなる。
彼とて同じことだ。
自身の魔力で直接VRを起動していれば、身近で大事な要素。
これにピクンと反応を示し、VR機器をさらに興味深く睨む。
「どれが電気とやらを消費せぬのだ?」
「うんとね…あ、これかな?」
札に書かれた性能を読み比べる沙多。
最も秀でたのは、ベッドと一体化した品だった。
「たっか!?250万!?」
しかし名札を見て跳ねる沙多。
通帳の額面だけを見るならば買えなくもない。それほどゲームからの収入はある。
だが実入りが良いならば、その逆、消費も激しい。
特にこの非正規な『ルシフェル・オンライン』。口座が凍結すれば事実上、プレイ不可になるわけで――
「…ほ、保留……に…しとかん…?」
即断即決の彼女が珍しく迷い、歯切れの悪い回答を口にした。
結局は以前と同じ型番を、商品棚から選び抜く。
「てか、ちゃんと電気使えるところに引っ越せばいいのに」
電気代という懸念は、彼の住む廃屋に電気が通っていない為。
まともな一室を借りれば、消耗を気にする必要はないと真っ当な意見を投げる。
(アタシの部屋には…狭すぎるしなぁ)
ベアルに自室を貸し出そうにも、巨体による部屋の占有率が地獄だ。
そもそも天井に頭をぶつけ、入れすらしないだろう。
「…人どこ?」
やがてレジまで来たものの、対応する店員は居ない。
だが必然だった。
ベアルの圧にやられ、カウンター奥へ引っ込んだのだろう。
見れば周囲には客足一つなく、事実上の貸し切りになっている。
「吾の気は抑えているつもりではあるが」
「アタシがお金払っとくから、ベルは一旦帰って。で、ちょい時間たったら迎えに来てくんない?」
それから数分。やはり存在自体が人払いらしい。
悪魔を撤退させれば、思い出したかのようにひと気が戻った。
(最初に会ったときより怖がられてない?)
初対面では彼の周囲に人が居た。
避けられてはいたものの、忽然と人が消えるほどでは無かった。
(あれが魔力とかの影響?人外だとそうなるんかな?)
「――こちらレシートです。ありがとうございました」
「はーい」
やがて会計を終える沙多。
後はベアルが来るのを待つのみ。
そこで、どう時間を潰そうかと考えていると――やけに店員の視線が気になった。
とはいえ不躾なものではなく、何か珍しいものを見たような視線。
「別にいいや」と、沙多はあまり追及する気にならず店を後にする。
五章です。日常パート重視です。
この章全体が短めなので、一話ごとの尺も短めになる気がします。




