ex.ヒテンジさん【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
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やがて、そんな彼の訃報が走った。
『"暴君"ベアル・ゼブル』が襲来。
脅威に晒された帝国の為、『"英雄"ガブル・エルシオン』が剣を取り、消息不明。
相打ちになっただの、功績から神に迎えられただの、俗説も流れる。
(《其方は天の遣いなどを承る器ではあるまい》)
だが、カナンはこれを死亡と断じる。
密かに黙祷を捧げ、目を見開いた彼女は、一つの花園を歩く。
揺れる裾、フードのように被る頭巾。巫女のような白装束。
――今から行うのは、世界平和の盛儀。
確かに英雄は消えたが、暴君の消失もまた事実。
世界はこれを称えて祝典を開く。
カナンもまた、祝詞を綴る一人として招かれていた。
(《やはり知る顔も多いか、このような祭事では》)
会談の席にもいた面影を確認しつつ、前方を見据えるカナン。
白百合が咲き乱れるこの道の先、アーチを潜れば式場の本丸。
そこへ登壇し、ミズクメ領を背負う長として、言葉を口にすれば役目は終わる。
――しかし、カナンがそこへ辿り着く事は無かった。
「《…これは?》」
やけに大きな風が唸り、銀の長髪が揺蕩う。
ビュウッと吹き抜ければ花弁を一つさらい、二つさらう。
さらに三つ四つと舞い上がれば――やがて視界は花吹雪で埋め尽くされた。
周囲を確認。側近すらも消えている。
ただ一人の孤立状態。
もはや前方すらも分からない。歩くべき道が消えていた。
「《敵襲か…?だが…》」
彷徨うように花畑へ踏み入る。
靴が白百合を踏みつけ、花の蜜が垂れていく。
『――お前だ』
刹那、脳内に響いた声に全身は弾かれる。
「《この声、"魔王"か!?》」
直接それを聞いたことは無い。
しかし直感全てが、その正体を告げていた。
それでも姿は確認できない。
振り向けども、目を薙ごうと誰も居ない。
『――私の結び目、世界の楔となれ』
意味の分からない言葉。しかし説明の間もなく、足元が浸水した。
白く澄んだ透明な何か。
それが足元に浸かり、膝まで、そして腰までと徐々に這い上がっていく。
しかし不思議と、悪い気分は抱かなかった。
ほんのり香る甘い匂いに、表情が解されていくことすら自覚し――
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「《――ここは…?》」
目が覚めれば、カナンは見知らぬ草原にいた。
***
広く、風が草を撫でる光景を前に、背を一つの木に預け座っている。
日差しが温かく、自然の香りがくすぐる。
ひと眠りしてしまいそうな心地よさだった。
(《幻では…無いのか…?》)
だが夢ではなく現実。
この白装束は、間違いなく亜人連邦の、ミズクメ領の長として振舞うための姿。
あまりに明瞭だった。
周囲を散策すれば、五感全てが本物の世界と肯定する。
(《おまけに――》)
――ヒラリと身を躱す。
元居た場所には、鳥が急降下。嘴が地面を抉る。
(妾の知らぬ生き物…。して、かなりの大きさよのう)
武器も何も無い。しかし不足はない。
空へ飛び立つ前に、回し蹴りを叩き込めば、一撃でノックアウト。
「《…何?》」
だが思わず唇から音が漏れた。
巨大なツバメらしき敵は、跡形も残さず泡沫へ変わる。
「《この地は…どうなっている?》」
死骸すら残さず消滅。
彼女は、長らく封じていた表情を変化させた。
***
(《――やはり通じぬか》)
カナンは、プレイヤーを前に、密かに眉をひそめる。
「は?何言ってんだお前?」
「何語?どこの国だ」
人影を発見し、口を開けば、これまた知らぬ言語。
お互いに聞き取れず、喋れずの平行線。
「ってか今の声、女だったか?」
「マジ?外国人の女とか絶対やべえじゃん」
だが悪意は確認できた。
頭の被り物を取り払って、顔を拝もうとする男性プレイヤー二人。
刹那、獣のように細まる眼光。
咄嗟に魔力を運用。己の爪を刃のように尖らせ、右手を振るい――
「――何やってんだ」
第三者の介入により、全員の動きは中断される。
「…いや、何もしてねえだろ」
「チッ、面倒になりそうだな。おい、行くぞ」
いざこざを警戒した二人はやがて退散。
カナンと、一人の青年が残った。
「大丈夫なのか、その左腕は…いや、今できた傷じゃないのか…?」
銅色の髪で左目が隠れた彼。暗めな配色かつ動きやすい軽装だ。
先ほどと違い、悪意は感じない。
だが意思疎通は相変わらず不可能。身振り手振りにも限界はある。
「《この者ならば良いか》」
だからこそカナンは――装束の頭巾を取った。
「なッ!?」
あらわとなった絶世の美貌。
目を見開き、時が止まったように立ち尽くす彼。
その瞬間、カナンは隙を逃さず、その顎を持ち上げて視線を絡めた。
時間にして十秒。
僅かにも逸らさずに見つめ続け――
「――…俺と一緒に来ないかっ」
感情を一つ芽生えさせた。
この別れを惜しむほどの魅力、手放したくないという執着。
カナンはこれにコクリと頷き、頭巾を被り直す。
やり方はこれまでと同じ。
その魔性を持って毒のように蝕み、付け入る。
信頼も愛情も持ちえないそれが、今までを生き抜いた術だった。
***
(《この世の者らは、狩りを生業としているらしいな》)
それから数日間、カナンは無言だった。
言葉以外を駆使し、情報を集めていく。
やがて撃沈したエネミーの泡沫化も見届ける。
「どうした?行かないのか?」
普通ならば、無表情に付いていく様は不審だろう。
しかし魅了されれば、多少の違和感も盲目。
衣食住すら用意し、彼女のために時間を捧げてしまう。
――とはいえ限度はある。
彼は現実世界に生きる人間。ログインしない時間が存在する。
カナンも漠然とだが、ここは片手間の世界。
真に生きる者は少ないと悟っていた。
(《手駒を増やすか…?》)
故に彼がいない時間帯は、別の補佐で埋めようとした。
――だが、逡巡もあった。
思い出すのは昔日。
失った右耳を、残された右腕で、頭巾の上から抑えた。
(《しかし…――》)
魅了は、浅い。意思と自我が残っている。
まだ全てを、命を投げ出させるような傀儡とまでは誘っていない。
(《――亜人も存在せぬようだ》)
つまりは、孤独。
そう考えた途端、スイッチは容易く押された。
再び取り除かれる白装束。
優しく擦れる布の音。これに青年は視線を向け――
「――シュウ…ト…」
言葉は分からない。
だがこの数日間で、唯一理解することが出来たのは――彼の名。
たどたどしい言葉。だがそれで充分。
名前を声にして、より強く、より深い毒牙に誘う。
刹那、開く彼の瞳孔。
口の筋肉すら力を失い、茫然と呼吸だけが継続する。
「…ァ…貴方は……」
すると、己の名も求められていることも察した。
返答は簡単だ。"カナン"と、ただ発すれば良い。
自分が一つの長であることを体現する称号。その為だけの名前だ。
ただ、その時はまだ名乗る気分になれなかった。
***
はや数か月、カナンはこれまでの情報を整理する。
(《徐々に掴めてきたな》)
その静かな思考とは裏腹、全方位から巨大なアリ型のエネミーが押し寄せる。
まさしく四面楚歌、逃げ場はない。
だが脅威足り得ず、余裕があった。
踊るように攻撃を潜り抜け、女王アリらしき個体を爪で切り裂く。
正確無比な致命傷。
泡沫化が始まり、大将を屠られた取り巻きは逃げるように散って――――
――間もなく、光球が現れた。
「てん…けい」
日本語でそれを発した。
片言、だが徐々に学んだ言葉を反芻。
また、天恵が願いを叶える代物であることも漠然と学んだ。
――しかしそれに手が触れる事は無かった。
指先を近づけても、幻のように通り抜ける。
光や熱は感じるのに、空を切り、感触が無い。
「《小癪な…》」
思わず元の言語が飛び出す。
これは初めての事ではない。
既にレアエネミーは二度討伐し、全て同じ結末だった。
天恵を顕現させる所までは良い。
――だがそれ以降、願いを叶える権限が無い。
レアエネミーを屠り、彼女の手元に現れたとて、結局は誰かを頼らねばいけない。
カナンは行き場を失った右手を握りしめ、解放。
魔力で鉤爪を形作り、敵の住処だった巨大な蟻塚を木っ端微塵に破壊。
顔を歪めた八つ当たりだった。
「失礼します。周囲の取り巻きは狩り終えました」
やがて戦闘を終えれば、ゾロゾロと現れるプレイヤー。
宗仁を始めとし、数十人が既に傀儡と化していた。
「それを…何に…する?」
「エネミーは武具になります」
彼女が持ち得ぬインベントリ機能に、敵の素材を詰め込むプレイヤー。
それを問えば、分かりやすい簡潔な返答。カナンにも意味が理解できた。
(《『えねみぃ』とやらは武器になる…か》)
そして彼女は自分の身体を見下ろした。
***
「貴方にこれを送らせていただきたく」
「これは何だ?」
「義手です」
さらに数か月後。カナンは会話に困ることもなく、また、配下は百を超えていた。
そんな大人数を仕切るには、"ギルド"として統治した方が円滑。
かくして設立すれば、宗仁から欠けた左腕の代替を進呈される。
「礼を言う」
「ありがとうございます」
素直に嬉しい。そんな感想が彼女にあった。
それでも表現の方法を知らず、結局は言葉のみとなる。
「それで…代わりと言っては傲慢ですが…」
しかし忠実な彼からは珍しく、歯切れの悪い続きがあった。
「――貴方の名を教えていただきたい」
顎に手を当てるカナン。
もはや半年以上の滞在。しかし誰にも名乗らずにいた。
「…"ヒテンジ"、そう名乗ろう」
やがて、この世界の言葉で、この世界での生き方を決めた。
自分でも不思議だった。
"カナン"とは裏腹に、その四文字は口からスルリと出た。
無論、長としての役目を忘れたわけではない。
ギルド設立の話を聞いた当初も、ミズクメ領を率いる糧の一つにでもなればいいと、そう思っていた。
ただ少しだけ、己が"ヒテンジ"になった瞬間、肩の荷が下りた気がした。
ヒテンジのexは終わり。
次は陽太郎か?って思うけど奴にオマケは無いです。




