ex.ヒテンジさん【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
齢が五にも満たない影が、桶を二つ、両手に持って村を外れる。向かう先は離れた湖のほとり。
裸足で枝や砂利の混じる獣道を歩き、水を掬う。
その役目を果たし終えるには、小さな手と足では何往復も必要だった。
数時間後には、とても身に余る干し草を運ぶ。
足取りはフラフラと、両手で抱える腕は震えていた。
やがてドテッと転ぶ。腰部から生えた二つの狐の尾が、宙に踊った。
幼児に任せるには過剰すぎる量。
散らばる干し草。しかし周囲には、誰も心配して駆け寄る様子はない。
「■◆■■■!」
それどころか村民から罵声が飛んだ。
石を投げつけられ、額から血を流す。
だが少女はこれに瞳を滲ませず、言葉も発さず、せっせと散乱したものを拾い直し、家畜小屋へ向かった。
仕事はまだ終わりでない。
村に帰れば、待っているのは村の雑務や家畜の手入れ。
その日は少女の誕生日だった。
だが祝われる事もなく、せっせと体を酷使する。
最近は呪いの影響だとかで村民は疲労を訴え、むしろ少女を倍以上働かせていた。
気付けば時間は夜。
誰にも甘えられず、ウトウト睡魔と戦い、動物の体の汚れを落とし終われば、倒れるようにその場で眠りにつく。
「――■■◆◆◆■!」
刹那、少女は飛び起きた。
心臓が暴れ、脳がキンキンと叩き起こされる。
少女が目に映したのは、斧を手にした数人と――叩き切られた自身の一尾。
「…ッ……!?」
少女はパクパクと口を開いて痛みを訴える。だが言葉は発さない。
口答えを許されずに生きてきたが為に、その手段を知らない。
――代わりに、少女は逃げ出した。
暗い夜道を知らぬまま、草木で柔肌を切り、野生動物に襲われながらフラフラと走る。
だが、やがて体中を熱が襲った。
切られた片尾を抑える手は、まるで赤色塗料に突っ込んだかのよう。
出血と眩暈が酷い。
遂に自分を支える力すら無くなり地に倒れ込む。
「――■■◆◆?」
最後にぼんやりと目が捉えたのは、狐耳の同胞。女性の姿。
そこで幸か不幸か、一命は取り留めた。
――――――
――――
――
「《あいつ無口だよな》」
「《名前も言わねえんだぜ?あの名無し》」
「《でも面はべっぴんだべ》」
年を重ねると、周りの目が変わった。
拙いが、ようやく言葉を覚えてきた彼女には、その会話の内容が明確に分かるようになっていた。
無論、妬み僻みもある。
呪いの影響なのか、同年代は誰一人生まれておらず、周囲は年上のみ。
そんな"姉"なる身分に冷水を浴びせられる事も少々。
だが、幼少と比べれば苦では無かった。
むしろ贅沢を知った。
忌み子という事実を隠し、男性に歩み寄れば、施しを受けられる。
暖かい食事にありつけるのは、いつもこの時だった。
「《何処に行ってたの?》」
「《ごはん、たべた…です》」
預り所の教会へ帰れば、たどたどしい言葉で報告。
唯一心を開いた女性、行き倒れを拾ってもらった義姉だった。
「《ふぅん…もう寝な》」
「《…はい、ねる…ます》」
しかし最近は忙しいのか、構ってはくれない。
放置されることも多く、だからこそ少女は食い扶持を自分で求めていた。
ぞんざいな言葉の意味にも気付かず、やがて少女は毛布を整えて就寝。
眠る前に、挨拶を口にする。
「《おやす――》」
だが最後まで噤まれることは無かった。
義姉の顔を見ようと振り向けば――かつての痛みが蘇った。
「《あんた、自分が何をしたか分かってんの!?》」
包丁を持ち出し、激昂する義姉。
残された狐の片耳が、自分の一部だった塊の落下音を拾う。
「《っ…いた…いたい…》」
「《あの人を誑かしておいてッ!色んな男に媚を売って…ッ!!》」
義姉は想いを告白し、散ったらしい。
その男へ理由を聞けば、少女の名が挙がった。
少女には預かり知らぬ事情だった。
ただ――
――ああ、何か失敗した。
それだけは確かなんだと、少女は思った。
そして義姉だった者が、その取り乱した桃の髪色が、ずっと目の奥に焼き付いた。
***
ある時、当時の国の長から声がかかった。
成長すればするほど、同胞は容姿を求め寄ってくる。
片耳が欠けていようと、それをも凌駕する圧倒的美しさ。
この頃には少女から女性へ。全てを魅了する魔性そのものになった。
招待という名の命令。
王室へ赴けば当然、彼女の美貌を求める内容。
本来なら、それだけのはずだった。
侍女として使えるか、妾という結末を迎えたであろう未来。
ただ、謀反が起こった。
彼女の存在を惜しみ各所にて、王の首を狙う反乱の動きが活発に。
たった一人を巡り、全ての土地が動いた。
しかし結果は鎮圧。辛うじて王権は崩れなかった。
とはいえ混乱と疲弊は必須。
目まぐるしく駆け回る兵や報告は、丁重に扱われた彼女の客間まで届く。
――しかし、ドンッとその扉が破られる。
当時の長は、息抜きに彼女を求めた。
やがて縮まる距離。
ベッドに腰掛ける彼女へ、その手が触れようとした途端――尾と耳の欠損。昔の記憶が蘇った。
今は間違いでないはず。
引き延ばされていた時間の中、そんな思考ばかり繰り返される。
しかしふと、よぎってしまった。
――このまま間違え続けたなら、何が起こるだろうか?
刹那、反射的に練られる魔力。
己の爪を刃のように尖らせ、右手を振るった。
「《――貴様ッ!?》」
あっさり穿たれる命。
そこにあるのは袈裟切りにされた、長だった何か。
どしゃりと崩れ、血飛沫が舞う。
未だに止まない耳鳴り。
だが、表情は崩れなかった。
感情を封じるのが生存の術と、昔日に悟って以降、思考は冷静に回る。
(《この身は…誰の為に捧ぐべきなのだ…》)
その瞬間、空っぽだった彼女の、何かが吹っ切れた。
***
やがて、彼女は"カナン"を名乗った。
国の伝統である名を継ぐのも、何もかも、問題は無かった。
その美貌を持って迫れば、瞬時に異を唱える声は止む。
名実ともに、傾国の美女となったカナン。
彼女が長として君臨する間は、絶対独裁。穏やかな時間が続いた。
――――――
――――
――
(ここに…手掛かりがあればいいが…)
カナンが目を細める先は、暗く地底まで続くような深淵。
岩肌や空までも黒く、塗りつぶされたような地帯。
――長となり政を続ける中で、そんな"大穴"に赴く機会があった。
それは先代の長から、国を挙げて続いていた実態の調査。もちろん彼女が引き継ぐべき役目だ。
しかし何よりも強い理由があった。
(魔王ル・シファルも行方不明…消失か)
……
…
王位を得てから間もなく、開かれた首脳会談。
それは"呪い"の対策を講じるもの。一つの国の長となったカナンもまた、隅で傾聴していた。
その最中で――禁忌の象徴、"呪い"が消失。
騒然とする会議の場に、彼女もまた居合わせた。
誰もが狂喜乱舞する朗報。
全員の声色が弾むまま、議題は『対策』から『事実確認』へ移る。
…
……
そして、カナンの国に求められたのは、"大穴"の現状確認。
魔王に関連する『人外』の生態を探るべく足を運ぶ。
「《カナン様、お下がりください》」
「《良い、妾を誰と心得る》」
頭をすげ替えたばかりの小国。
余所には強く出られないという政治的な理由もありつつ、調査は大々的。
だが正式な調査以外に、カナンはお忍び的な側面も含め、向う時があった。
「《人外は居るが…動いておらぬな。まるでがらんどうだ》」
「《――こちらに魔鉱晶を複数発見》」
「《足りぬ。正確に効果を把握するため、数と質を揃えよ》」
――――――
――――
――
「《――ならば『魔王』が何かを求めたと、妾は推測する》」
「《――なるほど、戦いを経た今なら腑に落ちます》」
そして彼女は、調査に誰よりも熱心だった。
とある男へ、会談の場すら設けるほどに。
「《しかし何故、貴方はそこまで呪いの因果に興味を有するのですか?》」
孤児院の役割を持つ、『メギド帝国』の教会。
連邦に属する長が、本来立ち入るべきでない他国。
そこへ足を運ぶほどの動機を問われれば、ただ無表情に返すカナン。
「《後進が健やかであればいい。それだけだ》」
自身を忌み子たらしめた概念の消失。
誰よりも呪いに悩んだからこそ、誰よりも胸を撫でおろした。
――そんな胸中は誰にも打ち明ける予定は無い。
だが眼前の屈強な男性は、それすらも悟ったかのように、敬意を優しく包む。
「《貴方には感服するばかりだ》」
やがて奥の扉からガチャッと、小さな亜人の少女が現れる。
勉学を終え、彼に褒めてもらおうと入室したという。
本来、一国の長が居合わす場にて、そんな事態はあってはならない。
だがカナンは目線で促し、これを受けた男性は「失礼」と感謝を表せば、子供と真正面に向き合う。
「《其方を前には、誰であろうと霞むであろう。ガブル・エルシオン殿》」
屈託ない笑顔を浮かべるその子を前に、カナンは昔の自分を重ね、肩を竦めた。
exシナリオの存在を忘れていたため、全速力で書いてまいりました。その結果一日遅れて申し訳ない。
内容はヒテンジ。そろそろヒテンジの株を下げとこうかと思います。
あとガブルはマジでもう出てくんな。ビジュアルとか性格とか何も決まってないんじゃ




